2010年10月09日

『怪談人恋坂』

 夏前にメンバーのAI氏なんかと参加した文壇系のあるパーティーがあった。かつてお世話になっていた推理作家協会の重鎮の祝賀会だったが、そこには当然のようにその周辺の作家や批評家が一堂に会していた。いかにも目がくらまんばかりの顔ぶれであったが、列席するビッグネームの一人に赤川次郎氏がいた。前にTVなんかでよく見かけたが、それよりだいぶ恰幅が良かった。宮部みゆきと並んでいるとゆるキャラな絵本になりそうな気がしてくるから不思議だ。
 そんなわけで思い出したのが本作。赤川次郎は純粋なミステリだけでなく因習ものや怪奇を扱ったものも多く、身内の本棚にあったので少年の頃そうした作品を好んで読んだりした。本作も怪異譚としての物語が前面にあらわれてきている。
 さて今回は詳細な粗筋をすべて載せることにするのでネタバレ注意となる。この作家の場合、ぐいぐい引っ張られるように展開する物語性こそ小説の格(核)に関わることなのである。
 主人公に降りかかる悲劇の物語は、ある殺人の謎から始まる。

 郁子がその日学校から帰ると姉の裕美子が死んでいた。物心ついた時から姉は寝たきりだった。母からは病死だといわれるが、葬式の晩郁子は真実を伝える為に蘇った裕美子に姉と思っていた彼女こそ、自分の本当の母であること、裕美子は病死したのではないことを知らされる。

 ある日裕美子がほのかに想いを寄せていた家庭教師の梶原を、勉強を終えて家から送り出す際に、大学生の兄・圭介から「一旦家に帰る」と連絡が入った。母も出かけて居ない。その後裕美子が一人部屋で眠っていると何者かに乱暴される。そして裕美子は郁子を身ごもる。両親の無理解などから辛い立場に一人追いやられた裕美子は中絶できず、望まれずに生まれてきた郁子を自分だけでも見守って行こうと思う。誰にも愛されない自分の替わりに。しかし両親たちは、裕美子を騙して部屋に閉じ込め、その隙に郁子を、裕美子が拒否していた里子へ出そうとする。それでも部屋から抜け出し、辛うじて自宅前の坂で郁子を取り戻した裕美子は、雨に誤って坂道(人恋坂)を転げ落ち、全身麻痺になってしまう。裕美子はこの世に残した深い絶望や哀しみ恨みを郁子に伝え、復讐を誓わせる。
 それから7年、裕美子は自分自身も怨念となって次々と自分を苦しめた者達の前に現われ、かの真相を問い詰める。次第に、裕美子は全身麻痺で眠っている間に密かに喉を切られ、じわじわと死んでいったのだということが明らかになっていく。裕美子や郁子の周りの幾人もの人々が、それぞれの裏の秘密を垣間見せつつ物語は進む。郁子は母の死の真相と彼女を襲った犯人、つまり本当の父親を探ろうとする。
 そしてついに裕美子の叔母の告白によって全てが明らかになる。裕美子の亡霊に追いつめられた叔母は、今まで隠し通してきた事実の全部を語った。
 
 裕美子を襲ったのは圭介であった。圭介は、裕美子が父親が他の女に産ませた異母兄妹である事を知った翌日、裕美子に手を掛ける。圭介は既に金がらみで、父親の秘書を殺しているが、その事のショックで雨の中、人恋坂に飛び出していった妻を追いかけ追いつめ、妻をも事故ではあるが死なせてしまっていた。
 その後、裕美子は憎しみから解放され、本当の母親のもとへ成仏していく。裕美子の本当の母親もまた、父親の本妻(今の母親)によって追いつめられ、人恋坂で事故死していたのであった。
 さらに後日、郁子は裕美子の喉を密かにかっ切ったのが裕美子の家庭教師の梶原であった事を、梶原の妻によって聞かされる。梶原は裕美子を見舞いに行った際、裕美子の家から金を盗んだが裕美子に見つかってしまう。一旦帰りかけて引き返し、梶原は裕美子を殺す。だが逃げようとする所をちょうど帰ってきた家政婦に見られてしまい、逆に家政婦に強請られるようになる。梶原は何度か金を払った後、妻と一緒に家政婦を殺す。そして最後に郁子が見守る中、気の触れたその妻に人恋坂で梶原が殺され、物語は幕を閉じるのである。

 ・・・・・・うん、どってことないですね。あれれ? この粗筋がいかんのか?
 まぁそう言ってしまうと身も蓋もないが、裕美子がかわいそすぎるのでとりあえず鑑賞してみる。
 
 さて、読後この事件の忌まわしさ、不可解さは最後の最後まで拭い切れずに胸に残る。郁子は裕美子から真相を聞かされたとき、裕美子と同様に、襲った犯人と殺害した犯人は知らない。真相は周囲の人々の抱えている秘密や思惑と絡んで彼らに隠されているからだ。それが少しずつ明らかになる度に、この物語の忌まわしさや人のエゴの醜悪さが滲み出す。人間の脆弱さ、さらには生と死の哀感が浮かび上がる。そして全編に一貫するペーソス。
 後味の悪さは残る。しかし、裕美子は自分の母もまた同じ悲惨さにあっていながら誰をも恨むことなく、復讐しようともしていなかった事を知り、「憎しみ」よりも「愛すること」を選び取る。そしてラストで彼女が母の胸に抱かれに行くという一連のシーンがあることでわずかな光明が残され、読者はやっとこの物語を覆う、不吉さ辛さから幾らかは解放される。それまではひたすら、「なぜ自分だけがこんな悲惨な目にあわなければならないのか」という裕美子の思いと、そして「自分をこんなにも惨めに死なせた犯人を捜し出して、この手で復讐してやりたい」という怒りに圧倒される。あたかも殺人事件を調べるかのように徘徊する裕美子の亡霊の復讐心が、不気味に事件の真相をかぎまわるのを見守るしかない。その構造は、いわゆる「トリックありき」の本格推理とは種を異にしているが、はじめに「復讐心ありき」という性質を持っているこの物語には、そのことが逆に「真実」の推理、「事実」への肉薄に信憑性と迫真性を与えている。

 種々の愛憎を盛り込み、家族の崩壊を描くことで家族の意味を問い、母から子へ受け継がれる悲劇と宿命、父から息子へと繰り返される過失を描くことで、人の人生の不条理や人間存在の矮小さを映し出している。・・・ほんとか?

後味の悪さは残るが、しかし同時に妙にゆったりした、豊かな物語の味わいが広がる。胸の奥がだいぶ運動させられた後のような心地よい疲労感がある。心を濾過機にかけられた手応えの名残のようなものがある。昔話や民話の怪談物にはそうしたカタルシスを引き起こす作用があるように、どんなにおどろおどろしくまた悲惨であっても、それが人の、あるいは自分の「人生の悲痛」を公約数的に反映していればいるほど、胸の奥で替わりに渦巻いて各自の「苦しみ」を消化してくれる。ペーソスを(時にはユーモアをも)湛えた怪異譚ものが根強く残るのは、その所以によるところが大きいのだろう。(R)
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2010年10月08日

イギリスファンタジー童話「銀色の時」(ローレンス・ハウスマン作)再読

 以前「銀色の時―イギリスファンタジー童話傑作選(神宮輝夫)」という記事ですでに紹介している童話だが、改めて読み返したら改めて心揺さぶられるものがあったんである。
 
 最近『マイマイ新子と千年の魔法』という高樹のぶ子原作のアニメを見た。昭和30年頃の少女たちの物語と千年前の清少納言とおぼしき姫との物語が、かつての周防の地で千年の時を越えて不思議な交錯を見せるドラマだ。といっても直接の関係は描かれないし、主人公のマイマイによる想像の世界ともパラレルな平行世界とも取れるようになっており、淡泊さより劇的なものを期待する向きには一見、脚本の不備による煮え切らない物語に感じられることだろう。同じ監督の『アリーテ姫』からしてそういう「誤読」が多かったように思う。ジブリの『ゲド戦記』はたしかにそうした竜頭蛇尾の感を否定できない部分はあった。だが『アリーテ姫』やジブリスタッフの二木真樹子が書いたファンタジー『世界の真ん中の木』(『シュナの旅』と同じアニメージュ文庫シリーズ)、あるいは最近の『借り暮らしのアリエッティ』(『床下の小人たち』)などは、しずかな本当のファンタジー世界を丹念に築いているにすぎないのであって、何かわかりやすい「味」を求めたい人は、適当に「ハリポタ」か「トイ・ストーリー」でも見ていればいいのである。エリナー・ファージョンが読めるようになってから出直してこいと言いたい。

 「銀色の時」は孤独な老人ケイレブの物語である。彼はこの50年寝る前に家のドアに鍵をかけて眠りにつく。当然といえば当然だが、ある晩ふと「この家に盗られて困るものもないのになぜ毎晩鍵をかけていたのか?」と思い、鍵をかけずに寝た。それからというもの朝目が覚めると拾いに行ってない薪が足されている。誰が運んできているのか不思議に思い夜中暖炉の前に行くと、年老いた男が座っている。男はケイレブの分身だという。この50年毎晩開けようとしたがドアに鍵がかかっていて入れなかった、しかしようやくケイレブが鍵を開けたので入ってきたのだという。男は老人に「なぜ鍵をかけるのか」理由を尋ねる。ケイレブは「むかし大事にしていたものがドアから外に出て行った。そして二度と戻ってこなかった。それ以来いつもわしは鍵をかけた。」と答えた。もうこれ以上大事なものは何もなかったが、「もし前に鍵をかけていたら、たぶんあの大事なものをなくさずにすんだろう」と思うと鍵をかけずにいられなかったのだという。ケイレブの大事なものとは3歳の一人娘だった。分身の男は言う。「あの日、あんたは自分をなくした。心をなくし、希望をなくした。月の中に、ここの戸口までの道が見えた。わしは自分にこういった。『あそこがわしのいたところだ。あそこにもどろう』とな」
 それからもケイレブは鍵を開けて夜を過ごした。やがて毎晩、彼にとって50年来なかったあるすばらしい光景が訪れることになる。消えた娘があの日のまま銀色のウサギとなってやってくるのだ。それが「銀色の時」である。

 
これが夢か現かということは、もう彼にはどうでもよかった。ドアを開け放ったことで、ケイレブは自分の心をも開いたのだった。開かれた心におこることは、それが続くかぎり真実なのだから、夜毎このように美しい夢を、しかも、見ているかぎり真実以外のなにものでもない夢を見ること以上に、何を望むことがあろう?


 ここでは現と夢とは「主と奴」ではない。同等かその逆でもあり得る「真実」として生きられている。「開かれた心」が「真実」をあらわにし、むしろ「開かれた心」においてこそ「真実」と出合いそれをつかむことが出来るのである。それはとてもむずかしくまたじっさいのところ年月のかかることなのだ。(R)
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2010年10月07日

『けいおん!!』〜アニメ的身体の無時間性が学園ドラマの時間性に対置されるとき

 なんだかよく分からないタイトルですが駄菓子屋のシーンを観ていて、このスタッフは「モヤさま」を見ているに違いないと思ったRです。

 さて学園祭での完全燃焼が、もっと言えばその直後の部室での涙のシーンがやはり「けいおん!!」の山場だったと思う。
 ただライブそのものは前年より少しの進歩が見られたものの、結局バラードが披露されることもなく、物量にやや乏しい感はあった。むしろクラス劇のロミオとジュリエットに使われていた音楽に魅かれるものがあったくらいだ(元ネタを色々感じはしたが)。

 しかし、実は一番泣きキャラではなさそうな唯が感極まって泣きじゃくる、あの夕陽に差し込まれた時間こそは、それまで積み重ねてきた日常の歴史を礎石にして最も輝ける瞬間が描き出されていたように思う。
 この青春のサイクルがこのあともその次もずっと続くこと、来年も新歓ライブや学祭に出ることが当然のように語られ、かつ次の瞬間にはそれが叶わぬものであることを涙している。こうしたシークエンスに新鮮なもの、光るものを感じたとともに、バンドを含めて同様の経験を何度もしているこちらとしてはぐっとくるものがあった。このメンバーでこの環境でやることはもうできない、という「この」に対するこよない愛惜の念。「いまここ」に執着しきることはじつは簡単なことではない。ドライに「いまここ」を離れて感傷にひたるほうが簡易で安全だからだ。
 顧問であり担任の山中先生の側から見ると、思い入れのある際だった連中が一つ一つのことを終えて、確実に終局へ向かい、やがて巣立っていく。しかしまた、次々に残されていく下級生をもう一度同じように見守りながら、彼らの時々の想いを見届けていくのだ。
 個人的に一番好きな卒業式の前日のエピソードにはそうした終焉を廻る眼差しが凝縮されている。

 最終話。唯が証書入れの蓋が出す音を「この音好き」とつぶやいて隣席のクラスメイトが微笑む。何でもない日常的な一場面が式後の最後のHRという別れの現場でやりとりされた後で、山中先生が「じゃあ・・・解散」と静かに宣言するとき、このアニメの行間には多くのものが含まれていた。そこには「時間の流れ」というものが存在していた。(どうでもいいが色紙がやたらリアルだ。あれだと普通は二枚にわたるはずだけど)

 学園生活のほぼ最後の瞬間まで描かれたと思うが、たとえば部室に通いそこで共有される最後の時間を描いたものの部室を出て行くシーンは省略されたのが惜しい。別に演出的に問題があるわけでもないが、それこそ誰もいなくなった無人の部室に、カセットデッキから放課後の5人のおしゃべりが流れてるというような、あり得ない光景を想像してしまった。そこで聞えるのは、いつものように「おこちゃまツンデレ」VS「幼児姉」の戯れだ。

 番外編のはじけっぷりはいいのだが、本編ラストの感慨が薄れてしまうのはいたしかたない。
 ところでエンディングアニメで描かれる世界は大学生になった5人の、その後の未来の姿のように見える。(R)
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2010年10月06日

僕は雨上りの曇つた空の下の鉄橋のやうに生きてゐる〜中原中也「いのちの声」を聴く

僕はもうバッハにもモツアルトにも倦果てた。
あの幸福な、お調子者のヂャズにもすつかり倦果てた。
僕は雨上りの曇つた空の下の鉄橋のやうに生きてゐる。
僕に押寄せてゐるものは、何時でもそれは寂漠だ。

僕はその寂漠の中にすつかり沈静してゐるわけでもない。
僕は何かを求めてゐる、絶えず何かを求めてゐる。
恐ろしく不動の形の中にだが、また恐ろしく憔れてゐる。
そのためにははや、食慾も性慾もあつてなきが如くでさへある。

しかし、それが何かは分らない、つひぞ分つたためしはない。
それが二つあるとは思へない、ただ一つであるとは思ふ。
しかしそれが何かは分らない、つひぞ分つたためしはない。
それに行き著く一か八かの方途さへ、すつかり分つたためしはない。

時に自分をからかふやうに、僕は自分に訊いてみるのだ。
それは女か? うまいものか? それは栄誉か?
すると心は叫ぶのだ、あれでもない、これでもない、あれでもないこれでもない!
それでは空の歌、朝、高空に、鳴響く空の歌とでもいふのであらうか?


ゆふがた、空の下で、身一点に感じられれば、万事において文句はないのだ。

                   中原中也「いのちの声」より抜粋

 すべてに倦み、といって欲望の焦点の定まらぬままに焦れている。混乱していることは分かっているがその中身は見えない。永遠に名指せない悲しみに埋もれてただ叫んでいる。だからこそ希望は夕暮れにあるのだ。いや夕暮れにしかないのだ。

 あの夕陽に彩られてりゃいいじゃないか(by R 『物陰にて云う』)

 しかし、ことは万事において「身一点」となれるかという問題だ。それは、あれでもなくこれでもなく焦れているものが、なお夕暮れの寂寞につつまれながら、深く色濃く何か純粋にひとつのものとして縁取られてあることへの痛切なる希いの声なのだ。寂寞のなかにあって我々は、「風が立ち、浪が騒ぎ、無限のまへに腕を振る」しかないのだから。(R)
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2010年09月24日

アフター・カーニバル深夜便〜第24回生放送の告知:今敏のアニメ作品について〜

9月25日(土)夜24:00〜(26日(日)0:00〜)

会場
http://www.ustream.tv/channel/siz-ashizu

アニメの週 担当:SIZ

第4回:今敏のアニメ作品について

先月の24日に亡くなった今敏監督のアニメ作品について語ります。
単なる追悼特集にはしたくはないと思っていて、今敏監督の作品が90年代からゼロ年代にかけてのアニメ状況の中でどのような位置を占めていたのか、というところまで話が進めばいいと思っています。(SIZ)
posted by SIZ at 16:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 生放送の告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月17日

アフター・カーニバル深夜便〜第23回生放送の告知:村上春樹『東京奇譚集』から「偶然の旅人」を読む〜

日時:9月18日(土)24:30〜(19日(日)0:30〜)

会場
http://www.ustream.tv/channel/siz-ashizu

本の週 担当:イワン

第4回:村上春樹『東京奇譚集』から「偶然の旅人」を読む

『東京奇譚集』は、みなさんお持ちかと思います。
時間がなくてもこれくらいは読み返せるかなと思い、挙げた次第です。
いずれはきちんと読まなくてはならないとも思っていたこともあるので。

「さぁ読もーか」(イワン)
posted by SIZ at 15:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 生放送の告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月16日

ドビュッシーがベートヴェンを蹴落とした日

 以前書いた「ドーナッツのリング(川本真琴)」で、川本の気質として非和声音へはみ出ようとする傾向があることを指摘したのだが、調性からの逸脱ということに関して言えば、そもそもクラシック音楽史におけるその歩みを確認すべきだろう。いわゆる調性音楽とは古典派(モーツァルト・ベートーヴェン)を頂点とする西洋の音楽システムであり、現在の音楽までを支配している音楽概念だが、クラシック音楽史では20世紀付近になってそれが顧みられなくなるという状況が生まれていった。無調音楽もそのひとつである。

★調性音楽の呪縛

 ところで調性音楽を支えているのが機能和声と呼ばれる和声理論である。機能和声とは、その名の通り一つ一つの音の積み重ね方や連ね方に一定の役割・機能を持たせてシステム化したもので、この原理は現在でも我々が一般的に耳になじみやすいと感じられる全ての音楽を支えている土台である。なぜこの曲は哀しい響きがするのか?とか、なぜ緊張感がもたらされるのか? あるいは安心感・救済感や、曲が終結するときの終止感が何によってもたらされているのか、といったこと全てを説明づけている理屈であり方法論というわけである。主に主音(トニック=ハ長調ではC=ド・ミ・ソ)・属音(ドミナント=ハ長調ではG=ソ・シ・レ)・下属音(サブドミナント=ハ長調ではF=ファ・ラ・ド)という3種類の和音を用い、その組み合わせ方によって機能と役割を作りだしている。機能和声によって作られた多くの楽曲が、ドミナントからトニックに和音を変移させれば必ず最も安定感のある終止感をもたらす機能を果たしますよ、という約束のもとに作曲されている。

 そうしたルールに基づいた音楽作品は19世紀になる頃に頂点を迎える。逆にいえばそこで行き詰まりをも迎えてしまうことになる。主にドイツ音楽圏で強固に形成・継承された調性音楽は、ワーグナーら後期ロマン派を通過して、早く見れば19世紀には消滅しだす。よく言われるようにワーグナーじたい最も調性音楽を肥大させた音楽家であろうが、そのワーグナー作品の中に既に後の時代の音楽観が萌されている。ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」、殊に有名な「愛と死」のテーマには、おびただしい転調や非和声音・ノンダイアトニックスケールの使用によって、異様な緊張感と高揚感と甘美さがもたらされている。だがにもかかわらずワーグナーにしろ、その弟子筋のリストにしろ、いわゆる20世紀の無調音楽とは異なり、基本的にはあくまで調性音楽の中で作曲されていたのである。時代は遡るがバッハの不協和音あるいは内声の複雑さも、あくまで調性のなかで緻密にカリキュレイトされたものであり、ポリフォニーを駆使した多声音楽の権化といっても、やはり20世紀的な文脈のそれとは別物であると言えるだろう。

★ドビュッシーの登場

ワーグナー以前の初期ロマン派にも脱調性の萌芽はあった。近代=ロマンの時代の個人意識に目覚めたヨーロッパ人にとっては、自己の内面は複雑にして多面性をもったものとして見つめられることとなった。それゆえか、そうした微妙さを凝視した作曲においては、古典派以前の特にベートーヴェンのようにゆるぎなく構築され組織化された調性音楽を、いくらかでも逸脱し言わば調性未然へと融解させなければ表現に不都合が感じられて来たかのように見える。シューベルトやシューマンらの初期ロマン派にややその傾向が見られるというわけである。

印象派音楽の代名詞であるフランスの作曲家ドビュッシーになると、音の一つ一つが古典的な調性音楽を解体したところで鳴らされるようになる。そのように自立した純粋な音の響きそのものの表現によって初めて描写されうる風景・情景が創出され、発見されることになるのである。

★印象派絵画への接近

 伝統的な機能和声では、不協和音は必ず解決されるべき一時的な「不安定要素」であった。バッハのあの重畳な不協和音でさえも、最終的な協和音への過渡的な夾雑物という側面が強い。むろん場面表現として不協和音そのものが強調されている部分も有れば、純粋に不協和音が悦楽されている様子があるにしてもである。ドビュッシーの音楽では不協和音はまさに不協和音として自立を果たし、それとして純粋に鳴らされる。したがって協和音へ解決して安心感をもたらすという役割を降りている。例えば属7和音から主和音へ向かうのでなく、無限に属7和音が横滑りしていくかのような抽象度の高い描写になる。そのことでどんな音響世界が現れたのか。それは、いわゆる印象派絵画のように、ゆらめく一瞬の光の陰影や刻々と移り変わる色のグラデーショナルな世界の多様性を奏でるものであった。色や輪郭のあいまいで不明瞭・不分明な外界の表情がもたらす「印象」を「ありのまま」に描出して見せる印象派のヴィジョンは、ドビュッシーによってそのつどの響きの一回性で点描される音のタペストリーへと転生したのである。あるいは年下のラヴェルにおいても「水の戯れ」などがそうした書法で作曲されていると言われている。

 こうした音楽によって初めて音楽表現が、世界の事象の微細な変移や、あるやなしや確定不可能の複雑性を獲得することになる。過去の標題音楽が言わば目に見える物体の輪郭をなぞり明確に跡付けるようなものであったとすれば、ドビュッシーの音楽世界は微粒子あるいは波動の世界のドラマをまさに劇的に描き出して見せたということになるだろうか。

 このあたりの文脈は現代ギター・ロックの世界では、ポスト・ロック系の音響派にも通じるところがあるように思う。シカゴ・アンダーグラウンド界隈やトリプル・ギターアンサンブルによるシリアス・ギター・オーケストレーションを標榜するモグワイ周辺のインディー系インスト・バンドに共通しているのも、コード進行による物語話法(ナラトロジー)より、どちらかと言えばそのような一つ一つの音響とその積分によって、まだ誰も見ぬ風景を現出して見せることを優先しているように思えるからである。
 
★五音音階の摂取

 ドビュッシーの和声進行は、古典派とはプライオリティに変位があるのであって、必ずしも調性に準拠した進行を命題としていない。それゆえに単純なダイアトニック・コードの陳列に見えて、機能和声的には不可思議な動きを見せることが多い。
 それでもドビュッシーの代表曲「月の光」「二つのアラベスク」「亜麻色の髪の乙女」など、多くの作品に調性音楽の名残が強く、これが例えばベートーヴェンのソナタ「月光」第一楽章などと実際のところどう違うのかという問題は残る。ベートーヴェンの話型の特徴は、和声進行によって全てを物語ろうとする造作にあるだろう。極端に言えば主要三和音の構成音を分散和音として組み合わせて行くだけで成立する。あとはその礎石に知的な仕掛けを装飾していくことで大味になるのを抑制してみせるのである。「二つのアラベスク」などにも似たところがあるが、ここには異文化の音階(またはガムラン音楽などのリズム)との出会いが加えられている。ジャポニズムなどのオリエンタリズムは当時の流行であったろうが、行き詰まりを迎えた西洋音楽は全音階から民族音階、とりわけペンタトニック・スケールと呼ばれる五音音階を手にしようとする。五音音階についてはまた別に書こうと思うが、簡単に言えば西洋が編み出した全音階の七音の内、特定の五音のみを選んで使用することで特徴的な旋律の調子を得られることになる、ある意味では便利で使い勝手のいい枠組みである。旋律を機能和声から発想していくというより、スケールによる旋法から作れるため、あまり機能和声に縛られずに自由なフレージングが可能となる。後代マイルス・デイビスらJAZZ界がモード・システムを採用したのと似たような理由と言えるだろう。

 五音音階では原理的に旋律に半音関係が生じない。つまりどの音からどの音に進んでも全音関係となる。それが民謡的な旋律に聴こえる理由である。アーメン終止にもドミナント終止にも和声的に半音進行が含まれてくるが、それによって終止感や到達感が生じている。単音でも長調のスケールでは7度から8度の半音進行に至るとき登頂感を感じるのである。逆に言えば半音進行がなければ辿り着くべき地点は永遠に現れない。
 例えば「君が代」は概してつかみどころのない曲だと言われ、まったく琴線に触れないまま、どこにたどり着くこともなく気付いたら終わってしまうような曲だという感想を持たれることが多いが、それは「君が代」のなかに緊迫や情緒をもたらすような一切の半音使いも登場しないことによる。ドビュッシーはホール・トーンスケール(全音音階)と呼ばれる半音関係を全く含まないスケールを使用しているが、「亜麻色の髪の乙女」などではスコットランド系の音階からヒントを得て、それより一音少ない五音音階によって作曲している。そして基本的にはこの五音音階を使いながらも、時に応じて6音目や7音目を使って半音階の抒情を紡いでみせるのである。そのようにして旧来の調性音楽からの脱却を図ろうとしたのであった。その後シェーンベルクの十二音技法によっていよいよ調性の文脈・伝統は解体されて行くのである。(R)
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2010年09月15日

J・S・BACHは職人か芸術家か?


 ここ最近のブログの一連の議論からは離れるのですが、関連した問題をさらに考えてみようと思います。

 タイトルに掲げた命題は結論から言うと、そのようなナンセンスな二者択一はバッハ像の精確な理解から遠ざかるものだと言えます。
 もちろんここで言う「職人」にしろ「芸術家」にしろ、バッハの時代における文脈の中で理解する必要があります。

 当時の「職業」とは、それがどんなものであれ、単なる生活労働などではなく神から与えられた使命でした。だからこそ、バッハは毎週の仕事に忙殺されながらも、一音一音祈りながら作曲していったという挿話に表れているように、授けられた才能の能うる限り「良心的」に受注仕事を献呈していたわけです。請け負った仕事に応じる形での、音楽的に最良の作品を作り続けたという意味では、まさに「職人」的と言えます。「芸術家」として地位を築こうという作曲姿勢からは程遠いわけです。言ってみれば『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』にあるような「職務遂行の精神」があったということかもしれません。バッハのこうした側面からは、創作がすなわち自己同一性の模索・希求であるといったような様相は見られないわけです。「職務」を離れた芸術創作やモチーフの探求、あるいは人生観の仮託などといったものは希薄です。

 ではバッハが単なる「仕事人」に止まる存在でしかなかったかと言えばそうでもありません。晩年のバッハが「職務」を離れてなお自分の音楽を「職人」として培った技量と鑑識をもって総決算しようとしていたことに鑑みれば、そこにおのずと「芸術家」としてのバッハ像をもうかがえるのです。もちろん「芸術家」と言っても、専門家が集う制度化されたコミュニティに参加したり、その偶像性を大衆に消費されたりといったようなモダンな「芸術家」像とは違います。ベートーヴェンはそうした「芸術家」だったかもしれませんが、バッハは神を中心とした同心円の共同体や社会を最後まで離れたわけではないからです。神を超えて自己の芸術業を営もうとしたわけでもありません。逆に言えば、むしろ神によって自己の存在理由が確保され続けていたことで、そうした「芸術的な営み」が可能であったという自明の逆説が読み取れるのです。
 
 ところで話は変わりますが、AKB48の作曲者は近年珍しいタイプと言えます。全て同一人物なのか分かりませんが、名前が一般的に無名だからです。過去10年以上、ヒットした現代アイドル・グループの作曲者・プロデューサーは小室哲哉でもつんくでも、良い悪いはともかく個性を持った「作家」でした。量産体制に入ると本当に本人が作ったのか疑わしいくらいの粗雑な楽曲も有りますが、おおむね作風には刻印があります。それに比べてAKB48の曲はどれも作家的な特徴に乏しいが、職人的に一定水準の仕事をし続けているという印象があります。とてつもなく良くできた曲でもないし、王道を外れない代わりに真新しい挑戦が見られるわけでもありませんが、アイドル・ポップスとしては常に一定の工夫が施され、才能も垣間見られます。中途半端に才能を有した「作家」が無頓着にそれを消費していくよりは、こうした「職人」のほうが幾らかましにも思えます。

 それに比べれば秋元康はまともな歌詞を書いているとはとうてい思えませんが、かつてまがりなりにも美空ひばりに「川の流れのように」を提供した作詞家なわけですから、本気で「詞」を書こうと思えばできなくはないでしょう。もちろんAKBに「川の流れのように」のような達観した境地を歌われても困るわけですから、あくまでGIRLS POPSとしての歌詞を作っているわけですが、それにしても中身のない記号の羅列になっているかのようで、ほとんどの人が歌詞を顧慮しません。そうした事態は少なくとも小室哲哉の頃にはアイドル歌謡の「常識」になっていたように、秋元もそもそも歌詞を歌詞として書くことを念頭から除外しているかのように見えます。それはそれで一つの戦略ですが、ただ秋元のそうしたAKB楽曲に対するぞんざいさは信用できない所があります。作品=商品に対してキャッチーであることケレン味のあること、つまりは「売れる」ことが第一義の目的になっているように見えるからです。あまりにもリスナー市場を低く見積もりすぎて、できる限り最良の商品に仕上げようという丁寧さに欠けている気がするのです。(R)
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2010年09月11日

アフター・カーニバル深夜便〜第22回生放送の告知:映画のジャンルについて〜

9月11日(土)深夜24:00〜(12日(日)0:00〜)

会場
http://www.ustream.tv/channel/siz-ashizu

映画の週 担当:A.I.

第4回:映画のジャンルについて

 (A.I.さんが忙しいということなので、SIZが代筆しています)
 映画には、ホラー、ミステリー、SF、コメディ、ミュージカル、アクションなどいろいろなジャンルがあります。そのようなジャンル分けにどれだけ意味があるのか分かりませんが、レンタルショップなんかで映画を探すときには良い手がかりになることは間違いない。
 既存の映画ジャンルに捕らわれず、自分だけの「俺ジャンル」みたいなものについて語るのも面白いかも知れない。
 他に、ここ最近に見た映画についての話もする予定。
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2010年09月08日

ニヒリズムの徹底はいかにして可能か〜外在の否定ではなく内在する倫理に向かっていくこと


一連の問題に関して問題の糸口が見いだせなかったんですが、AI氏の第三者的整理によって何となく見通しが出てきてだいぶ書きやすくなったのでアップします。バッハの記事はバッハの格闘について書きたかっただけの書き殴りで、別の時に書いてた怪談記事の方が本旨だったんですが・・・。

日本ではいわゆる「武士道」というものが江戸期になって確立し、『葉隠』なんかで顕著なように、「主君」と「家臣」というのが、我々にとっての「神」と「子」にあたるかもしれません。むろん我々は武士ではないですが、現代に至るまでの様々な制度は、家父長制にしろ会社組織にしろそうした価値規範に基づいて形作られてきたわけですからその延長線上にあると見て良いでしょう。

ところで、前記事における「神」の捉え方ですが、たしかにどちらかというと単なる価値観としての絶対公準という規範性より、機能面での問題として、AI氏の言うように「いかに自己と自己格闘しうるか」かつ「いかに自己を滅私しうるか」という命題を保障し可能にするための根拠となるシステムのようなもの、ということでした。それは夏目漱石で言えば、個人が「自己本位」(人為)と「則天去私」(天然自然)とのあわいをせめぎ合うような格闘なわけですが、そのような激越な営みをしようと思わせる「源泉」について思い巡らすささやかな論考だったわけです。また神を媒介項とすることではじめて自己と、もっと言えば自己の有限さと真に向き合いうるということも問題にしたかったのだと思います。バッハにも外的な圧力はありました。締め切りはもちろん無理解な聴衆の耳とも闘わなければならなかった中で、それでも己の「私闘」を「誠実」に闘っていたわけです。有名な「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」も念頭にありましたが、これはあまり展開できなかったので触れませんでした。「職務遂行の精神」の由来についてでしたが。

ただ地理的な「地方」と実存的な「地方」性は、現代まで反響しうる問題として考えていました。今まで自分が「世界の中心」にいる気がしたことは一度もありませんが、世界の果てか片隅にいる気がしたことはよくあります。じっさい今日もありました。この一隅性をどう捉えるか、また現代ではこの「一隅」はある面では他の「一隅」と地続きではあります。ニコ動的制作環境では「一隅」から容易にパブリックへ行ける気がするからです。

ただしニコ動的な創造環境・新たな公共性と、近代的な創造プロセス・作家性とを二者択一させるような単純化された構図を布置することは性急だろうという感想を持っていて、たとえばある意味ではニコ動の中にも古来の職人性みたいなものもあるだろうし、職人としての「良心」というのも存在しうるでしょう。バッハにおいても「職人的良心」という面と、神に対する「個人」としての「良心」とが表裏一体に生きられているということに注目したかったわけです。

さて、「神」が死んで以来じつは「神の復権」はすでに起き(続け)ていると言えます。「神なき時代」にも、じっさいはそれぞれに正しいと主張される、まがい物の「神」(としか部外者には見えない)が跋扈しているわけです。坂口安吾の有名な『堕落論』にもあるように、人は自ら堕ちきることの出来ない脆弱さを一種の「カラクリ」によって自己欺瞞しようと常に企む存在だからです。だからこそ、そうした「神」との、狂信でも不信でも無関心でもない、ニュートラルな交際リテラシーが要請されてくるのでしょう。

僕にとっての「神」についてあえて言うなら、僕の魂を揺さぶったたくさんの「偉大な先達」です。むろんバッハや漱石もその一人です。たとえ作られた文脈によって「選ばされた」のだったとしても(多くのバッハ好きがそうであるように僕も初めてバッハに感動したのは5歳くらいの物心つき始めた頃でしたが)、自分の中に生まれた「偉大な先達」に対する尊敬の念を信じないわけには行きません。もちろん神格化されたとたん、その権威を失墜させようという動きは常に出てきます。外在する権威の否定は誰にでも出来ることだからです。またそれが許されています。だから外在を否定し続けているだけではニヒリズムはまさに「虚無主義」であって、それは「虚無」に搦め捕られたままそれに耽溺しているにすぎません。ニヒリズムがニヒリズムのままになおかつ超克されるとすれば、早い話「問題にならなくなる」とすれば、それは「内在的超越」しかないでしょう。先の夏目漱石で言えば「自己本位」において「則天去私」するということですが、たいへん難しくなってきたのでやめませう。

SIZさんの疑問で「明確な正しさが存在し、人々はその正しさに従うべき」か、というのがありましたが、むろんそうした問い方をすれば答えは自ずと否定的なものになります。本当の信仰は「従う」というのとは異なるものでしょう。バッハは「キリスト教」という枠組みにおける精神の奴隷ではなく創作主体でもあるわけです。私生活はともかく少なくとも音楽家としてのバッハの営為には、バッハという個人主体が能動し問い続けた絶えざる「私闘」があったわけですから。(R)
posted by R at 18:35| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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