2010年09月16日

ドビュッシーがベートヴェンを蹴落とした日

 以前書いた「ドーナッツのリング(川本真琴)」で、川本の気質として非和声音へはみ出ようとする傾向があることを指摘したのだが、調性からの逸脱ということに関して言えば、そもそもクラシック音楽史におけるその歩みを確認すべきだろう。いわゆる調性音楽とは古典派(モーツァルト・ベートーヴェン)を頂点とする西洋の音楽システムであり、現在の音楽までを支配している音楽概念だが、クラシック音楽史では20世紀付近になってそれが顧みられなくなるという状況が生まれていった。無調音楽もそのひとつである。

★調性音楽の呪縛

 ところで調性音楽を支えているのが機能和声と呼ばれる和声理論である。機能和声とは、その名の通り一つ一つの音の積み重ね方や連ね方に一定の役割・機能を持たせてシステム化したもので、この原理は現在でも我々が一般的に耳になじみやすいと感じられる全ての音楽を支えている土台である。なぜこの曲は哀しい響きがするのか?とか、なぜ緊張感がもたらされるのか? あるいは安心感・救済感や、曲が終結するときの終止感が何によってもたらされているのか、といったこと全てを説明づけている理屈であり方法論というわけである。主に主音(トニック=ハ長調ではC=ド・ミ・ソ)・属音(ドミナント=ハ長調ではG=ソ・シ・レ)・下属音(サブドミナント=ハ長調ではF=ファ・ラ・ド)という3種類の和音を用い、その組み合わせ方によって機能と役割を作りだしている。機能和声によって作られた多くの楽曲が、ドミナントからトニックに和音を変移させれば必ず最も安定感のある終止感をもたらす機能を果たしますよ、という約束のもとに作曲されている。

 そうしたルールに基づいた音楽作品は19世紀になる頃に頂点を迎える。逆にいえばそこで行き詰まりをも迎えてしまうことになる。主にドイツ音楽圏で強固に形成・継承された調性音楽は、ワーグナーら後期ロマン派を通過して、早く見れば19世紀には消滅しだす。よく言われるようにワーグナーじたい最も調性音楽を肥大させた音楽家であろうが、そのワーグナー作品の中に既に後の時代の音楽観が萌されている。ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」、殊に有名な「愛と死」のテーマには、おびただしい転調や非和声音・ノンダイアトニックスケールの使用によって、異様な緊張感と高揚感と甘美さがもたらされている。だがにもかかわらずワーグナーにしろ、その弟子筋のリストにしろ、いわゆる20世紀の無調音楽とは異なり、基本的にはあくまで調性音楽の中で作曲されていたのである。時代は遡るがバッハの不協和音あるいは内声の複雑さも、あくまで調性のなかで緻密にカリキュレイトされたものであり、ポリフォニーを駆使した多声音楽の権化といっても、やはり20世紀的な文脈のそれとは別物であると言えるだろう。

★ドビュッシーの登場

ワーグナー以前の初期ロマン派にも脱調性の萌芽はあった。近代=ロマンの時代の個人意識に目覚めたヨーロッパ人にとっては、自己の内面は複雑にして多面性をもったものとして見つめられることとなった。それゆえか、そうした微妙さを凝視した作曲においては、古典派以前の特にベートーヴェンのようにゆるぎなく構築され組織化された調性音楽を、いくらかでも逸脱し言わば調性未然へと融解させなければ表現に不都合が感じられて来たかのように見える。シューベルトやシューマンらの初期ロマン派にややその傾向が見られるというわけである。

印象派音楽の代名詞であるフランスの作曲家ドビュッシーになると、音の一つ一つが古典的な調性音楽を解体したところで鳴らされるようになる。そのように自立した純粋な音の響きそのものの表現によって初めて描写されうる風景・情景が創出され、発見されることになるのである。

★印象派絵画への接近

 伝統的な機能和声では、不協和音は必ず解決されるべき一時的な「不安定要素」であった。バッハのあの重畳な不協和音でさえも、最終的な協和音への過渡的な夾雑物という側面が強い。むろん場面表現として不協和音そのものが強調されている部分も有れば、純粋に不協和音が悦楽されている様子があるにしてもである。ドビュッシーの音楽では不協和音はまさに不協和音として自立を果たし、それとして純粋に鳴らされる。したがって協和音へ解決して安心感をもたらすという役割を降りている。例えば属7和音から主和音へ向かうのでなく、無限に属7和音が横滑りしていくかのような抽象度の高い描写になる。そのことでどんな音響世界が現れたのか。それは、いわゆる印象派絵画のように、ゆらめく一瞬の光の陰影や刻々と移り変わる色のグラデーショナルな世界の多様性を奏でるものであった。色や輪郭のあいまいで不明瞭・不分明な外界の表情がもたらす「印象」を「ありのまま」に描出して見せる印象派のヴィジョンは、ドビュッシーによってそのつどの響きの一回性で点描される音のタペストリーへと転生したのである。あるいは年下のラヴェルにおいても「水の戯れ」などがそうした書法で作曲されていると言われている。

 こうした音楽によって初めて音楽表現が、世界の事象の微細な変移や、あるやなしや確定不可能の複雑性を獲得することになる。過去の標題音楽が言わば目に見える物体の輪郭をなぞり明確に跡付けるようなものであったとすれば、ドビュッシーの音楽世界は微粒子あるいは波動の世界のドラマをまさに劇的に描き出して見せたということになるだろうか。

 このあたりの文脈は現代ギター・ロックの世界では、ポスト・ロック系の音響派にも通じるところがあるように思う。シカゴ・アンダーグラウンド界隈やトリプル・ギターアンサンブルによるシリアス・ギター・オーケストレーションを標榜するモグワイ周辺のインディー系インスト・バンドに共通しているのも、コード進行による物語話法(ナラトロジー)より、どちらかと言えばそのような一つ一つの音響とその積分によって、まだ誰も見ぬ風景を現出して見せることを優先しているように思えるからである。
 
★五音音階の摂取

 ドビュッシーの和声進行は、古典派とはプライオリティに変位があるのであって、必ずしも調性に準拠した進行を命題としていない。それゆえに単純なダイアトニック・コードの陳列に見えて、機能和声的には不可思議な動きを見せることが多い。
 それでもドビュッシーの代表曲「月の光」「二つのアラベスク」「亜麻色の髪の乙女」など、多くの作品に調性音楽の名残が強く、これが例えばベートーヴェンのソナタ「月光」第一楽章などと実際のところどう違うのかという問題は残る。ベートーヴェンの話型の特徴は、和声進行によって全てを物語ろうとする造作にあるだろう。極端に言えば主要三和音の構成音を分散和音として組み合わせて行くだけで成立する。あとはその礎石に知的な仕掛けを装飾していくことで大味になるのを抑制してみせるのである。「二つのアラベスク」などにも似たところがあるが、ここには異文化の音階(またはガムラン音楽などのリズム)との出会いが加えられている。ジャポニズムなどのオリエンタリズムは当時の流行であったろうが、行き詰まりを迎えた西洋音楽は全音階から民族音階、とりわけペンタトニック・スケールと呼ばれる五音音階を手にしようとする。五音音階についてはまた別に書こうと思うが、簡単に言えば西洋が編み出した全音階の七音の内、特定の五音のみを選んで使用することで特徴的な旋律の調子を得られることになる、ある意味では便利で使い勝手のいい枠組みである。旋律を機能和声から発想していくというより、スケールによる旋法から作れるため、あまり機能和声に縛られずに自由なフレージングが可能となる。後代マイルス・デイビスらJAZZ界がモード・システムを採用したのと似たような理由と言えるだろう。

 五音音階では原理的に旋律に半音関係が生じない。つまりどの音からどの音に進んでも全音関係となる。それが民謡的な旋律に聴こえる理由である。アーメン終止にもドミナント終止にも和声的に半音進行が含まれてくるが、それによって終止感や到達感が生じている。単音でも長調のスケールでは7度から8度の半音進行に至るとき登頂感を感じるのである。逆に言えば半音進行がなければ辿り着くべき地点は永遠に現れない。
 例えば「君が代」は概してつかみどころのない曲だと言われ、まったく琴線に触れないまま、どこにたどり着くこともなく気付いたら終わってしまうような曲だという感想を持たれることが多いが、それは「君が代」のなかに緊迫や情緒をもたらすような一切の半音使いも登場しないことによる。ドビュッシーはホール・トーンスケール(全音音階)と呼ばれる半音関係を全く含まないスケールを使用しているが、「亜麻色の髪の乙女」などではスコットランド系の音階からヒントを得て、それより一音少ない五音音階によって作曲している。そして基本的にはこの五音音階を使いながらも、時に応じて6音目や7音目を使って半音階の抒情を紡いでみせるのである。そのようにして旧来の調性音楽からの脱却を図ろうとしたのであった。その後シェーンベルクの十二音技法によっていよいよ調性の文脈・伝統は解体されて行くのである。(R)
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2010年01月28日

THE VIRGIN SUICIDES(AIR)

(この記事は2004年9月15日に書かれました)

 エアーではない。エールである。念のため。

 映画「ヴァージン・スーサイズ」のサントラである。監督のソフィア・コッポラもそうだが、日本との関係も深いフランスのポップ・デュオユニットだ。チボマットやジョンとヨーコの息子ショーンなんかとも親交が深い。

 ぼくは97,8年ごろの「ムーンサファリ」が話題になったあたりから入ったのだが、あの頃の、AIRといえばあのラウンジっぽいぶりぶりした音というサウンドより今の色んなものを吸収し実験した、つまり単なるジャンル音楽を離れた作風が好きである。といっても「ムーンサファリ」がそうだというわけでもなく、あれはれでいいのだが。

 映画が公開されるだいぶ前の99年から00年くらいにかけての頃だろうか、サントラが発売されるとき、当時已然として絶大な影響を及ぼしていたRADIOHEAD「OK COMPUTER」にファンである彼らもそれを通過した音作りと世界観を打ち出してきたと聞いて、益々買う気になり、それからちょっと待たされてある日レコード屋で12”のLPシングルを買った。ちなみに置いてあったコーナーはHOSE/TECHNOでもなくBREAKBEATS/TRIPHOPであった。

 さっそく聞いてみると、もうツボに入るサウンドである。フェンダーローズのエレピがドリーミーで蠱惑的だし、スネアの響きは絶妙なアナログ調整だし、ストリングスも60年代の映画からサンプリングしてきたようなレトロさを醸している。とにかく映画音楽としてもこれ以上ないムーディーな仕上がりになっていた。彼らの特徴だが、ポップネスとそれでいてひねったコードワークも爆発している。とくに主題曲「PLAYGROUND LOVE」や「BATHROOM GIRL」なんかそうだ。重厚なサウンドアレンジもできるフランス人らしからぬ厚みが好きだ。(R)
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2010年01月23日

Ultravisitor(Squarepusher)

(この記事は2004年3月26日に書かれました)

 一時期(フジ来演後)失踪話もあったトム・ジェンキンソンことSquarepusherの待望の新作。

 この前出た同じWARPの雄、Autechreの新作「Conefield」やその後のEPは、また聴きやすくなり、しかもとてもウェルメイドな仕上がりだったが、この「Ultravisitor」も一曲目を試聴したとき、そう思わせられる出来であった。彼の最近の作中でもPOPなほうだと思える。特に3曲目が最高だ。以前この欄でも紹介したKLUTONのようなダウンビートがだんだん爆発昂揚していくのがたまらない。

 この手の連中には、常に技術的な意味でもパースペクティブな部分においても何がしかの革新性が求められがちだが、そのような意味での新しさというのは特にないかもしれない。だがよくできている。肉厚な一枚だ。

 ウェルメイドに満足するかどうか。そのことに物足りなさをも感じてしまうか。難しいわかれどころである。AutechreやあるいはRADIOHEADなどもそうだが新作を聞くたび、最近の複雑さを考えざるを得ない。(R)

(追記)
そろそろ言っておくが、ぼくは熱烈なRADIOHEADイアンである。彼らは僕の中でダントツの横綱の地位を保っている。しかし真の信仰は無神論にもなるのだ。ニーチェがそうだったように・・・
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2010年01月21日

PROTECTION(MASSIVE ATTACK)

(この記事は2004年10月21日に書かれました)

 いまやブリストル一派の中でも大御所になったマッシブ・アタックのセカンドからの有名曲である。ブリストルといえばトリップ・ホップの名産地でもあった。グラスゴーの音響派ともまた違う世界観を提供していた地である。PORTISHEADやTHIRD EYE FOUNDATIONなど好きなアーティストぞろいだ。

 僕の好きなイギリス音楽の勢力を土地で分けるとBEST3は、RADIOHEADやMEDALのオックスフォード。MOGWAI、DELGADOS(なんか前に深夜にやってた「ガンスリンガー・ガール」とかいう変な美少女系?アニメの主題歌になぜか曲が使われたらしいがびっくりしている。音楽監督がマニアックだったのか。それにしてもなぜ?)らのグラスゴー、そしてブリストルだ。

 マンチェ勢はあまり好きではないし、オアシスなんか嫌いだ。ストーンローゼズくらいか。映画「24H」とかは見たいのだけど。そしてビートルズにあまり思い入れもないのでリバプールも聖地でもなんでもない。

 音の粒立ちがぞくぞくするほど精確で際立ってくるのは三枚目「メザニーン(中二階ってやつだね)」からだが、この曲は彼らの曲の中でも一、二を争うメロウなチューンでありかつ、今よりもHIPHOPテイストがあったころのものである。メンバー脱退により(昔はTRICKYもいたのにね)今は中心メンバーのプロジェクトになってしまった感があるが、当時は雑多で豊かな音楽性があったように思う。

 去年、あろうことかDJ SHADOWをゲストに迎えた豪華なライブでは、当日さらになんとあのDOT ALLISON(過去評を参照)もVOCALとして来日したのだった。大ファンだった僕は一気に3アーティストもの来日を目にして興奮したことを覚えている。ときはイラク戦争開戦直後であり、演奏前いきなり素舞台に全員で出てきて、手をつなぎ一般犠牲者に対し黙祷をしだしたことも印象的だった。

 その年のFUJI ROCKに再来日したときもDOTを従えていたのだが、そのときは別ステージのトリMOGWAIを見に行かねばならず、途中でグリーンステージを去った。あのDOTをグリーンで見られる信じがたい機会なのに!(数曲見たけど)

 彼らの後継としてはBOWERY ERECTRICが有望だと思うが、今だブレイクはさほどみられない。名作「LUSHLIFE」はとてつもなく凍った夜の音楽世界だったしベースの硬質でダークでアダルトな響きはマッシブ・アタックのお株を奪うようだった。

 ジェット・リー主演のリュック・ベッソン新作「ダニー・ザ・ドッグ」のサントラ・スコアを手がけたようなのでそちらも要チェックである。(R)
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2010年01月17日

C.B.Jim(BLANKEY JET CITY)

(この記事は2004年10月31日に書かれました)

(どんな時に聞きたい?)
一人の時

(ここは良かった!)
歌詞がものすごい。ウッドベースがいい。やたらかっこいい。コンサートではなく演奏旅行。あたりみゃーだぎゃ。

(ここはいまいち・・)
男の子の夢がすべて詰まっているので不満などない。


 A.I.氏が熱い音楽論を展開しているので、僕も感化されましたよ。及ばずながら僕も音楽界の発展を祈りつつレヴューをば。

 このBLANKEY JET CITYというバンド、すごいですよ。歌詞がものすごい。とにかくすごい。とにかくかっこいい。かっこよすぎる。かっこよすぎてウソみたいに思える。

フロントフォークが一番長いのは C.B.Jim

 なんじゃそりゃ。ただこれだけの歌詞を叫ぶように、または読み上げるように(失礼か)歌っているだけなのに、なんたる説得力。

 「天国行きのエスカレーター その手すりは」なんと「ワニの皮だったぜ」。度肝を抜かれる。因果関係はない。まったくない。意味が分からない。しかしそんなものいらない。有無を言わさず納得させられる。

 または、いきなり「いいだろ 俺のこのサングラス」である。いきなり言ってくる。いきなりである。そんなもの知らん。だが納得。そして大満足。

 「ライラックって どんな花?」これもいきなりである。いきなり聞いてくる。知らん。知らんが妙に納得。

 多分ほかのアルバムになるが、「彼女のことが好きなのは」……「赤いタンバリンを上手に打つから」だそうだ。ふつう女性を好きになる理由にはならない。だがいい。それでいい。そのままの君でいてほしい。

 とにかく歌詞のいちいちに胸がときめく。ビックリマンワールドみたいに、一曲一曲がBLANKEY JET CITYワールドの物語の一部になっているところもにも、想像をたくましくさせられる。ワクワクする。

 遠い過去に聴いただけのアルバムなのに、脳裏に焼き付いて離れない。すばらしいロックバンドである。

 ちなみに僕は名古屋に住んでいたことがあるのだが、BLANKEY JET CITYは生活に浸透し、地域住民の誇りだったぎゃ。(イワン)
posted by SIZ at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月13日

愛は燃えている(金子由香利)

(この記事は2005年2月5日に書かれました)

 というわけで、「みんなのうた」シリーズ第二弾。

 といってもこれは正式には「みんなのうた」ではなく、おなじNHKの番組デジスタに投稿され受賞した実写アニメ作品に、「みんなのうた」的につけられていた歌である。

 その映像作品は、シャンソン歌手として活躍する金子由香利の歌の世界を完璧に創り上げていた。デジスタ内でもその年の話題をさらった作品である。完成度が高く世界作りに隙がない。歌が持つ、木枯らし吹く昭和ムードの世界で暖炉にあたっているような「あったかいわ」(最も印象的なフレーズ)の雰囲気が、一部の隙もなく映像とマッチングしている。どこかコミカルな曲調の味が伝わってくるし、軽く流れるような歌い方のテンポに演出がともなわれていた。

 気になる人は検索してチェックしてみてほしい。(R)
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2010年01月12日

カゼノトオリミチ(堀下さゆり)

(この記事は2005年2月16日に書かれました)

(どんな時に聞きたい?)
リラックスしたい時

(ここは良かった!)
ぽつんとひとりになれるような歌。何かを再確認できるような歌。もう一度取り戻そうと思うようになる歌。

(ここはいまいち・・)
1月で「みんなのうた」放映が終了してしまい、もう見られない・・・


 最近見たアニメの中では、「げんしけん」のエンディング・テーマになっていたアツミサオリの「びいだま」が、歌詞、曲作りともにはっとさせられるところがあってよかった。そしてこの曲である。

 この曲はアニメといっても「みんなのうた」用に作られたもので、監督が「きまぐれオレンジロード」の望月智充。作画があの近藤勝也である。

 年末の忙しい中、晴れたり雪が降ったりする中、朝のTVにこれが流れてきた。するとなんだか癒されるのである。風景の移り変わりや時間の移り変わりがいいし、歩いてくカップルの目線がいい。主人公の少女の肩越しの視点、男の顔が見えるか見えないかぐらいのところを揺れ動いていく。気持ちのいい映像である。いいなあ「みんなのうた」。(R)



 この作品については、音楽のほうではなくて、アニメのほうにコメントしてみたい。

 R氏がこの作品について言っていないことで重要だと思われるのは、望月智充と近藤勝也は、ジブリの『海がきこえる』を作った人たちだ、ということである。僕は、このアニメを見て、まっさきにそのことを想起した。そして、次に思ったことは、このアニメが、80年代へのノスタルジーに彩られている、ということである。

 望月智充は、象徴的な意味で、80年代のアニメ作家と言えるだろう(僕にとっては『クリイミーマミ』を作った人と記憶されている)。80年代、それは、爽やかな青春の時代(それ以前の、スポ根ものに顕著に見られるような「汗臭い青春」と比較して)。80年代、それは、青い空と青い海を背景にした夏のイメージ。80年代、それは、(とりわけ、アニメにおいて顕著であるように)日常生活がファンタジー化された時代である。

 『カゼノトオリミチ』は、こうした80年代の雰囲気をノスタルジックに感じさせる映像作品であった。(SIZ)
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2009年01月12日

ハチポチ(坂本真綾)

(この記事は2004年10月31日に書かれました)

(どんな時に聞きたい?)
一人の時

(ここは良かった!)
真綾(まあや)という名前。

(ここはいまいち・・)
真綾も年とってくんかなあ。まあまだ24歳だからまだまだだけどね。


 坂本真綾の声をはじめて聞いたのはたぶん「GHOST IN THE SHELL」の最後のほうで少女の身体になった草薙素子の声でだと思う。あのときから何となく印象に残る声だなと思っていたが、その後菅野よう子に見出されて音楽活動を始める一方で「エスカフローネ」というアニメで主役の声をやったりと声優としても活躍していて、たぶんあの頃15〜17歳くらいだったと思うが、顔もそこそこかわいいし、声もいいし、おまけにあの菅野よう子の全面バックアップである。ずいぶんすごい女の子が出てきたものだと思ったものだ。

 ただこの娘は顔もかわいいし声もいいくせに、変人(というほどでもないが)なのである。これは知り合いに聞いただけで実際にぼくが耳にしたわけではないが、真綾がパーソナリティを務めるあるラジオ番組でリスナーの「真綾さんこんばんは。実は最近欲しいコートがあって、色を赤と黒で迷っているんですがどちらがいいと思いますか」(大意。色とか詳細は違うと思う)というような質問を読み上げて「ん〜、赤。次の曲は私の曲で○○です。聞いて下さい」というような受け答えをしたらしい。普通だったら「う〜んどうだろう。個人的には赤が好きだけど、似合うかどうかは人それぞれだし、よく考えて自分で決めたほうがいいんじゃないでしょうか」くらいのことを言うものだが、そういうのがないのであるこの人は。一言で答えて速攻で次の曲に行くところもナイスである。

 そういうダメなところは歌詞にも表れていて、「『豊かさが君たちをダメにする』なんて知ったこっちゃない」とか「別に高い壁なんかなくても僕らは決まりを破ることなんてきっとしないね」という歌詞は、苦しみや哀しみを「乗り越える」ことで強さや大きさを獲得できるという物語をはっきり否定しているのである。

 ぼくみたいなダメ人間には琴線に触れることが多くて結構好きな歌手だし、てゆうか年も三歳差だし、付き合っても上手くやっていけると思うんだけど、どうかな真綾さん。(A.I.)
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2009年01月11日

mimomemo(遊佐未森)

(この記事は2004年10月31日に書かれました)

(どんな時に聞きたい?)
リラックスしたい時

(ここは良かった!)
どちらかというと癒し系な声

(ここはいまいち・・)
癒し系な割りにずっと聞いていると疲れる声でもある


 遊佐未森も一時はそれなりに売れていたと思うのだが、最近は全然だ。とは言え、一応これまでにベストアルバムが3枚出ているくらいだし、結構長いこと活動を続けているけど、未だにやって行けているのだから大したものである。

 彼女のベストアルバムは「桃と耳」が一番古く、エピックソニーから東芝EMIへの移籍時に最後っ屁よろしく出したこの「mimomemo」がその次。それから一昨年東芝EMI移籍後はじめてのベストとなる「TRAVELOGUE sweet and bitter collection」が出たが、これは聴いていない。

 遊佐未森は、透明感のある歌声とエキゾチックというかオリエンタルというムードの漂う楽曲が特徴的だが、やはりこの人も初期から比べるとずいぶん変わってきている。「mimomemo」にはディスコグラフィとして全シングル、全アルバムのジャケットが載っているのだが、その初期においてはオレンジ色を基調とした夕焼けのような暖かなイメージのジャケットで統一されていたのが、最終的には灰色になる。彼女自身も最初の頃は可愛らしい服を着て写っているものばかりだったのに、どちらかというとセクシーなドレスが多くなり、気のせいかもしれないけどエピック在籍後期になると頽廃的なムードが漂ってくる。

 「mimomemo」のジャケットもひどくて、曇天の下、誰もいない浜辺で灰色のワンピースを着た遊佐未森が今にも自殺しかねない表情でつったっているのだ。前期の暖かな雰囲気はどこへ行ってしまったのか。暖かどころかかなりの寒空模様である。

 単純にアルバムとして聴いても「mimomemo」よりは前期の「桃と耳」のほうが良くて、特に「夏草の線路」という曲は今聴いてもやっぱり良い(題名も好きだ)。

 東芝移籍後は何となく遊佐未森自身の顔色も血色が良くなって、歌も比較的明るくなったような気がするが(とはいえちゃんと聴いたわけではない)、ともかくたまに聴くぶんには悪くない。

 しかしベストアルバムくらいで充分ではある。(A.I.)
posted by SIZ at 20:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月10日

Love Clock Works 001(girl meets love)

(この記事は2004年10月30日に書かれました)

(どんな時に聞きたい?)
暇なとき

(ここは良かった!)
知っている人がいないので自分がいち早く評価したと思える

(ここはいまいち・・)
知っている人がいないので誰とも話ができない


 90年代後半に小室哲哉プロデュース曲がヒットチャートの上位を独占するようになると、あのいかがわしいテクノっぽいムーブメントがにわかに起こり、ハウスともトランスとも何とも言い難い微妙なダンスミュージックが流行となった。

 Every Little Thingなんかは当初そういう感じだったし、そういえば最近復活したらしいD-LOOPなんてのもあった。TM Revolutionなんかもこの類だろう。TMR(浅倉大介プロデュース)がそうだとするならば、その前身として90年代初期に爆発的にヒットを飛ばしてあっさり消えていったACCESS(浅倉大介と貴水博之のユニット。これも最近復活したらしい)なんてのもあった。とすればやはりその前にはTM NETWORKがあることは間違いないわけで、要するに良きにつけ悪しきにつけ小室の影が90年代音楽シーンには常につきまとうわけだ。

 そんな中やっぱりあの微妙なエレクトロニック・ミュージックブームの片隅で、似たような曲を似たような編成で出していたのがこのgirl meets loveだ。

 このgirl meets loveはakiというボーカルの女性(結構かわいい)とt2yaというそのネーミングセンスを疑わざるをえない名前の男(作曲・編曲)のふたりのユニットだが、この微妙な名前の男はこのあと元スピードの面々の曲やら中島美嘉やら上戸彩なんかの曲を提供していてそれなりにヒットを飛ばしている。

 だから全くの無名時代のアルバムを持っているというのはまあそれなりに先見の明があったということかもしれないが、はっきり言えばこれは全く自慢にならないばかりか、かなり恥ずかしい。実際このgirl meets loveのジャケットのセンスは最悪で、ラメっぽい光沢のある青いジャンパーをakiとt2yaのふたりがおそろいで着て写っているものなのだが、akiは端正な顔立ちの女性だからまだいいが(というか結構似合っている)、t2yaはひきこもりみたいな顔しているので、ほとんどアキバ系ファッションリーダーという感じでかなり痛々しい。全く売れずに消えたのもよく分かるというものだが、しかしそれはそれとしてこのアルバムに収められた「神様が僕にくれた翼」なんかはちょっと厭らしいタイトルだけど、未だに好きだったりする。(A.I.)
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2009年01月09日

She loves you(渡辺美里)

(この記事は2004年10月30日に書かれました)

(どんな時に聞きたい?)
なんとなくバックミュージックに

(ここは良かった!)
美里さんキレイだよなあ

(ここはいまいち・・)
もうこれ以上年をとらないでほしい


 渡辺美里のベストアルバム。

 美里は1985年にデビューして、このアルバムはちょうどデビュー10年にあたる1995年に出された。

 美里は可愛い顔と、その愛らしい顔からはちょっと想像つかないような太い声の歌唱力を持っているため、結構色んな人から曲を提供されている。このアルバムに収録されているのだけでも、

小室哲哉3曲
石井恭史2曲
岡村靖幸2曲
木根尚登2曲
大江千里2曲
小林武史・伊秩弘将各1曲
美里自身3曲

となっていて、ミスチル・マイラバのプロデューサー、スピードのプロデューサーなど結構大物からの提供が多いことが分かる。もしかしたら単にエピックソニーの仲間うちで遊び半分にやっていただけなのかもしれないけど(90年前後のエピックは大物新人の宝庫だったが、同時にノリが同人誌的でもある)、何にせよ木根さんの曲までベストアルバムに入れるあたりが美里の目配りの良さを表していて、そこが彼女の良さだと思うわけである。

 美里と言えば夏の西武球場(今はドームだけど)だけど、実際サザンオールスターズとチューブを抜かせば夏といったときぼくが即座に思い出すアーティストはまずは美里である。

 夏を歌う曲は大別すると「今まさに夏/これから夏が来る」という曲と「過ぎ去ったものとしての夏」という曲のふたつに分けることができるとぼくは思っている。チューブは基本的に前者だし最近流行りのオレンジレンジなんかも前者だが、ぼくはああいう脳天気なのはあまり好きではなくて、やはり井上陽水の「少年時代」(夏が過ぎ風あざみ)のように過ぎ去った少年時代のように「祭りの後」として描かれる夏がぼくの心情には合っている。だからJITTERIN'JINNの「夏祭り」(君がいた夏は遠い夢のなか 空に消えてった打ち上げ花火)や、美里の「夏が来た!」(夕立の過ぎたあとこの街は輝いて)には華やかにもかかわらずどこか一抹の寂しさがあって好きだ。青春は終わったときはじめて、それが青春であったと言うことができるのである。

 美里は確か10代デビューだったと思うけど、そういうことをよく知っている人だったのだと思う。美里の「10years」はこんな歌詞である。

「大きくなったらどんな大人になるの」
周りの人にいつも聞かれたけれど
時の速さについてゆけずに
夢だけが両手からこぼれおちたよ
あれから10年も
この先10年も
行きづまり うずくまり かけずりまわり
この街に この朝に このてのひらに
大切なものは何か
今もみつけられないよ

 書き写しているだけで泣きそうになるが、これが20を僅かばかり過ぎただけのアイドルみたいな顔した女の子の書いた詞なのである。いや、20そこそこの女の子だからこそ書けたのかもしれないが。(A.I.)
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2009年01月08日

TIME CAPSULE(TMN)

(この記事は2004年10月30日に書かれました)

(どんな時に聞きたい?)
なんとなくバックミュージックに

(ここは良かった!)
懐かしさに涙が出そうになる

(ここはいまいち・・)
元祖小室ファミリーみたいな感じになってしまったところかな


 TMN(TM NETWORK)は1984年にデビューしてちょうど十年後の1994年に解散した。解散したときぼくは高校生だった。翌年ブルーハーツが解散してぼくの中でひとつの時代が終わったのだった。(当時はTMとブルーハーツは同じように好きだった)。

 ボーカル・宇都宮隆、シンセ・小室哲哉、ギター・木根尚登という編成が基本だったが、TMはバンドではないので木根がキーボードを弾いたりたまに宇都宮がギターを弾いたこともあるらしい。だからコンサートなんかでは脇のほうでギターを弾いている木根さんあたりはいまいち存在価値が薄かったけど、楽曲においてはやっぱり小室・木根のタッグというのはモンゴルマン・バッファローマンの2000万パワーズ並のコンビだったように思う。

 この「TIME CAPSULE」はTMN解散後に出された二枚組のアルバムで全てのシングル曲が収められているというものだったが、TMにおいて重要なのは小室の曲とされていて木根さんはほとんど添えものといった扱いを受けていたため、シングルとして出された木根さんの曲はひとつもない。したがってこのアルバムにも一切木根さんの曲は収録されていないわけで、こういうところが小室のダメなところだと思うのだが、実を言えばTMのファンにおいて木根が書いた曲のほうが好きという人は結構多いのだ。解散直前のラジオ番組でTMの曲の人気投票が行われたとき第一位はもちろん「Get Wild」だったけど、二位は木根と小室が共同で書いた「still love her」だったし(これは間違いなく「CITY HUNTER」のエンディングテーマだったせいである)ぼくもTMのなかではこの曲が一番好きだ。他にも「電気仕掛けの予言者」とか「TIME MACHINE」とか木根さんの曲で好きなのは多い。

 だからTMを知るのにこの小室偏重アルバムはあまり良いとは言えないのだが、そうだとしてもこのアルバムがTMNの歴史、そして80年代後半から90年代前半の時代の雰囲気を伝えていることも確かである。TM解散後、trf、篠原涼子、安室奈美恵、グローヴ、華原朋美と立て続けに大ヒット曲をプロデュースし、一躍90年代後半のJ−POPの寵児となって、この時期ほとんどスカスカのダンスミュージックばかり濫造していた小室哲哉と言えども、時代の制約からは逃れられないらしい。このアルバムの面白いのはTMのシングル全てを発表順に並べているところで、だから小室の曲が時代の変化と共にどのようにそのスタイルを変えていったかが一目瞭然なのである。

 このあいだ深夜のテレビで90年前後のヒット曲を四枚組CDで販売しているセールス番組があったが、そのなかでプリンセスプリンセスの「M」とか佐野元春の「someday」とか渡辺美里の「My Revolution」(小室作曲)とかとならんで「Get Wild」が流れだしたとき、自分の卑小でごみみたいだった青春時代が思い起こされて胸が痛くなった。

 いわば懐メロとして自分の楽曲が回収されていくことを小室自身はあまり快く思わないかもしれないが、しかし小室の意図とは別に「Get Wild」や「7days war」などこの頃のTMの曲がひとつの時代を象徴していることは間違いなくて、このような時代がかつてあったこと、あり得たことにぼくはどうしてもある感傷を持たずにはいられないのである。

 TMデビューから20年。解散から10年。TM好きというのが恥ずかしいようなときもあったが(そんな時は頑張ってOASISなんかを聴いたものである。頑張ってOASISというあたりがまた恥ずかしいのだが)、今はオトナなので別に恥ずかしくない。うん良いよ、TM。まあこういうとTMRのほうと勘違いされたりするんだけどね。年の差は埋めようがないわな。(A.I.)
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2009年01月07日

さくらんぼ(大塚愛)

(この記事は2004年9月1日に書かれました)

(どんな時に聞きたい?)
やる気を出したい時

(ここは良かった!)
大塚愛は可愛い。癒される。付き合ってほしい。

(ここはいまいち・・)
不満はないね。


愛し合う2人 幸せの空
隣どおし あなたとあたし さくらんぼ

(もういっかい!!)

 というわけで、大塚愛。もう最高。

 2ちゃんねるでたまたまこの曲のPVをmpegで拾ってからというもの、繰り返し繰り返し見てた。いかにも大阪人らしい愛らしさ(大阪の女の子は東京の女の子よりかわいさの追求に貪欲であるというのがぼくの持論)で、ぼくのハートをがっちりキャッチしやがりましたよ。

 しかしこの「さくらんぼ」のPVで最も注意すべきなのは、後ろでドラムを叩いているのが、かつてパンクロックバンドとして一世を風靡したブルーハーツの梶原徹也であること。大のブルーハーツファンであるぼくとしては、これはちょっとつらいものがあった。

 例え大塚愛と言えど、侵してはならない領域というものがある。彼女が甘ったるい声で「あいしあう〜」などと歌っている背後で抜けた顔してドラムを叩いているのは栄光に向かって走るあの列車に乗っていたどぶねずみみたいに美しいブルーハーツの一員なのである。時間というやつはひどく残酷だ。(A.I.)
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2009年01月05日

卒業アルバム(ガガガSP)

(この記事は2004年6月25日に書かれました)

(どんな時に聞きたい?)
一人の時

(ここは良かった!)
バンドのメンバーにかっこいいやつがいないこと。

(ここはいまいち・・)
日本語が少々おかしい。


 基本的にパンク・ロックが好きなので、どうしても点は甘くなりがちである。

 しかし個人的にパンクの醍醐味は歌詞にあると思っているので、SEX PISTOLSは好きだけどちょっとダメなのである。つまり最高なのはTHE BLUE HAERTSであって、大抵の音楽が自分の中で風化して行くのにTHE BLUE HAERTSだけは未だに好きだ。昨今のパンクブームがどういう要請にしたがって出てきたものなのかぼくには分からないが(個人的にはビジュアル系への反動があったのではないかと感じているが)、中ではこのガガガSPとモンゴル800が比較的好きで、モンパチのほうは沖縄に根ざした歌詞がどこかCoccoに通じるものを感じさせるし、ガガガSPはたぶん60年代フォークソングを受け継ごうとしている節があって聞いていて楽しい。さすがにロード・オブ・メジャーのようなのはパンク特有の泥臭さが無くなってしまっていてダメだが、モンパチとガガガSPはその点でも結構評価できると思う。

 フォークソングというのは「なごり雪」や「神田川」が有名になったせいで、ずいぶんなよなよした音楽だと思われがちだが、岡林信康や加川良などの多くの曲が未だに放送できないように、過激なものも多くて、当時は反体制の象徴的文化だった。つい最近になって漸くCDになったフォーククルセイダーズの「イムジン河」もその一つで、これは90年代半ばにNHKのBS番組「フォークソング大全集」で放映されたのがきっかけで日の目をみることになった幸運な一例に過ぎない(ちなみにこの番組でたぶんはじめて吉田拓郎はテレビ出演した。ついでに言うとR氏はこの「イムジン河」復活に咬んでいて、加藤和彦や北山修と会ったことがあるらしい。スゲーなあ)。

 ガガガSPの特徴は、ですます調の歌詞にあって、この特徴はたぶんフォークシンガー吉田拓郎を受け継いだものだと思える(何よりこのアルバムでガガガSPは拓郎の歌をカバーしている)。吉田拓郎はフォークのみならず日本のポップに極めて大きな影響を与えた人で、今では当たり前になった、ひとつの音に沢山の歌詞を詰め込むということをやったのも拓郎が最初であった。

 このやたら長い歌詞と過激さという点をガガガSPは吉田拓郎をはじめとするフォークソングから受け継いでいて、個人的に驚いたのは「ガガガSP登場」というアルバムに収められた「尾崎豊」という曲。

お前の歌はバカバカしいんだよ
自由が欲しいとバカバカしいんだよ
ライブで骨折した所で
自由なんて来やしない
盗んだバイクで走る前に
割ったガラスを弁償しろよ

とか

英語より先に麻薬を覚え
酔ったあげくに裸で死んだ
一体お前は何なんだ
史上最低地獄に落ちろ

とかずいぶん過激である。

 ぼくは最近ネットでこの曲に対する反応を見てみたのだが、すさまじい迄の批判の嵐で、改めて尾崎ファンの数の多さに驚かされた。ぼくは尾崎は好きでも嫌いでもないが、ファン心理というのが全く分からない人間で、だから好きな作家やミュージシャンなどが批判されたりバカにされても別に何とも思わないのだが、そういうふうにクールになれる人も少ないようだ。しかしそれはそうと、かつては反権力・反体制の象徴的存在だった尾崎豊が、ものの見事に不可侵の権威性を獲得してしまった(その過程をメディアが一役買ったことは言うまでもない)というアイロニカルな状況を批判したガガガSPがほとんど脅迫めいたバッシング(お前らなんか死ねとか二度と歌を歌うなとか)を、反権威の象徴のファンから受けるというこの倒錯した状況はなかなかに面白い。

 いまどきここまで挑発的な歌を歌うミュージシャンも希少なので、ぼくとしては頑張ってほしいところだ。(A.I.)
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2008年10月17日

ERA(中村一義)

(この記事は2004年6月1日に書かれました)

 多分「イーラ」って読むんだよね、これって。

 おそらくこのアルバムのテーマは〈帰還と新たな出発〉である。

 「街を背に僕は行く/今じゃワイワイできないんだ」(「犬と猫」)と始まった『金字塔』から『太陽』を経て「1,2,3 街の方へ/1,2,3,4 真ん中まで」(「1,2,3」)と始まる『ERA』へ。戻って来たんだねえ、みんなの輪の中へ。「ここは今も変わらない口論が/視界ずっと狭くして」いたとしても。「威風堂々」(Part1)(Part2)はさしずめ凱旋曲か。

 どの曲も他者に向けて呼びかけるような感じをもっているし、しかも一定の説得力を帯びている。つまり「僕の目に映る君を/君は知らない」のであり、「だからいつだって君だって/そう 代わりはいない」(「君ノ声」)のであるし、「君を祝いたい」(「ジュビリー」)のでもあるし、「飛び込んでいこう」(「ショートホープ」)とも呼びかけるべきなのである。

 しかし、このアルバムは、和解を馴れ合いに終わらせるのではなく、「ただ さぁ 僕は この両足でねえ/これで 歩きたいんだ」(「素晴らしき世界」)とうたっているように、みんなが、一人一人で歩いていくというかたちでの〈みんな〉というかたちを提示してもいるのだ。

 ほとんど歌詞の引用で終わってしまったが、各曲にみられる疾走感もポイント。たくさん聴いた。(イワン)
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2008年10月16日

100s(中村一義)

(この記事は2004年5月7日に書かれました)

 『太陽』について書いたのでついでに書いておく。『太陽』のあとの『ERA』も充実した内容だったが、『ERA』のドライブ感とはまた違った、新しい展開がみられるアルバムである。

 シングルの曲を軸に聴いていくのが基本、なのかどうかはよく分からないが、それら『キャノンボール』『セブンスター』『新世界』からはやはり燦然と輝いている印象をうける。

 きょうび、なかなか「僕は死ぬように生きていたくはない」とか「きらきら光るものが溢れ出す場所/心」とか歌えないし、それを可能にするだけのメロディーも生み出せないものだと感じる。当然、ただ脳天気なだけではなく、ここでもやはり光と闇は混在している。

 「未来、君と出会える時も、心は本当でいたい」

 梵天丸も、かくありたい。(イワン)
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2008年10月15日

太陽(中村一義)

(この記事は2004年5月7日に書かれました)

 恥ずかしい思い出だが、姉の結婚一周年記念日にプレゼントしたアルバムである。

 『金字塔』と『ERA』のあいだにくるアルバムなので、苦悩でもなく、前進でもない、その中間にある安定感が特徴か。

 『金字塔』や『主題歌』は暗すぎて人には勧められないが、『太陽』は中村自身が結婚した時期に作られたということも関わっているのか、他者に向けて開いている観がある。だからプレゼントにもできたのだろうか。ともあれ、どの曲も幾度となく聴いたものだ。

 この作品には一年間の季節を巡るというモチーフがあるが、春の始まりから始めるのではなく、冬の終わりから始まって(『魂の本』)、3曲目でインストゥルウメンタルの『春』、そして冬の中頃(『いつも二人で』)で終わるというふうに、曲順にたいして、内容の面で始めと終わりをずらしてあるので、見事な円環を描き、何度聴いても飽きがこないように作られているのである。(イワン)
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2008年09月17日

防波堤で見た景色(BEGIN)

(この記事は2004年3月6日に書かれました)

 もう何年もあらゆる邦楽を聴かなくなっているのに、ここのところこの「音楽のススメ」もいわゆるJ-POPなるものについてばかり書いているの何でだろう〜?・・・失敬、つい。

 いや単純にあまり力まずに書けるからなのだ。(最近の陽水や川本の評を見て「どこがやねん!」とつっこまれる方も多いかもしれないが、洋楽になるとあれどころではすまないのである。)

 このBEGINの曲は彼らのオリジナル楽器で通した「一期一会」というアルバムに入っていた。実は僕はこのアルバムに偶然出会った。ある日ツタヤで「茄子アンダルシアの夏」を借りたら、袋の中になぜか「こんにちわ」って入ってたのである。「おやいらっしゃい」てなわけで何の気なしに聞いてみたら、何だか気にいってしまったのである。そういう人の心の隙にすっと入り込んでくるようなアルバムである。そしてありがとう「茄子アンダルシアの夏」。

 この曲自体は数年前のもののようだ。だがギターと三味線の中間のようなその楽器の音色とあいまって、サビの哀調を帯びたメロディは「やっぱ歌っていいなぁ」と思わせるものがあるのである。不意打ちであった。(R)
posted by SIZ at 05:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月16日

長い坂の絵のフレーム(井上陽水)

(この記事は2004年2月27日に書かれました)

最近の彼の作風の端緒となったような曲で、大ブームになったベスト・アルバムに新曲として収録されたが、あまり話題になることがないように思う。だが個人的には井上陽水のなかで最も完成度の高い傑作だと思っている。

 漂うようなイコライジング、シンプルな構成と洗練された語り口調の歌詞、軽みをまといながら人生の深部に届いているような声の説得力。実に隙がない仕上がりである。

この頃は友達に 手紙ばかりを書いている
ありふれた想い出と 言葉ばかりを並べてる
夢見がちな 子供たちに 笑われても

時々はデパートで 孤独な人のふりをして
満ち足りた人々の 思い上がりを眺めてる
昼下がりは 美術館で 考えたり

誰よりも幸せな人
訳もなく悲しみの人
長い坂の絵のフレーム

生まれつき僕たちは 悩み上手に出来ている
暗闇で映画まで 涙ながらに眺めてる
たそがれたら 街灯りに 溶け込んだり

これからも働いて 遊びながらも生きて行く
様々な気がかりが 途切れもなくついてくる
振り向いたら 嫌われたり 愛されたり

誰よりも幸せな人
訳もなく悲しみの人
長い坂の絵のフレーム

誰よりも幸せだから
意味もなく悲しみまでが
長い坂の絵のフレーム

 まずAパートではコードFから始まり、Fのオン・コードで持続する(F6→C/F→Bb/F→F)メジャー調に、浮遊感のただよう軽みを帯びた旋律で日常の様々を、達観したような境位から訥々と歌いだす。この浮遊感覚はFのオン・コード上で、2番目と3番目のコードつまりドミナントCからサブドミナントB♭に降りてきてアーメン終止する進行によってもたらされている。続いてBパートではやや情感のこもった節回しになり、ラインはマイナー調の緊張を帯びた下降にそって低徊し(「振り向いたら 嫌われたり」)、再びメジャー・コードへ跳ねあがる節終わりでは、またその融通無碍な高みへそっと歌い置いてゆくように「愛されたり〜」と語尾をきり上げる。

 そしてサビ。最初の4小節、またもFを基調に五度の音(ド)が漸次1小節ごとに、半音ずつ七度(ミ)まで上がってゆく。「F→Faug→F6→F7」という半音進行の響きのテンション(緊張感)の高まりの中で、突然「誰よりも幸せな人 訳もなく悲しみの人」という、視点が抽象化された人称不明の、いわば「無色透明な語り」そのものが差し出され、それは曲中最高音のFからフォルテ気味に張り上げられて、ついにサビの結句「長い坂の絵のフレーム」によって劇的に締めくくられるのである。まるで書の「右はらい」がおろされる時のように、深みのある声調で筆入りし(「長い」)、途中に一旦おかれる力点(「坂の」の「サ」)から、全ての力みがうち解かれるように下降しつつゆったり流れてゆく(「絵のフレーム」)。語尾はあくまで抽象的な場にただよい残され、やがて霧散する。

 結句「長い坂の絵のフレーム」以前の、それまでのF音の持続などによる緊張の高まりは、4小節目のF7の7thの音(ミ♭)で臨界点に達するが、結句の出だし(「長い」)部分のコードでBb(シ♭・レ・ファ)に移行することによって解放される。平坦に持続された地場が急遽4度上への進行によってがらっと一新される展開には結末にふさわしいダイナミズムがあるが、結句部分の肝はこのあとに用意されている。それが先ほど述べた「力点」である。「坂の絵の」というフレーズではBbがマイナーへ部分転調してBbm(シ♭・レ♭・ファ)となる。この歌謡曲にもよく使われる手法によって、句中に唯一張り上げられたFの高音が哀調を帯び、曲の中で最も情緒的な瞬間が出現するのである。そしてその哀切な高まりはメロディの下降とともに鎮まってゆく。

 全体に「入り」と「抜き」の、あるいは「タメ(緊張)」と「解放」の巧みな手つきによって歌詞の「意味」が撃ち抜かれ、それによって胸にすとんと入ってくるのである。だが、「誰よりも幸せな人 訳もなく悲しみの人/長い坂の絵のフレーム」というサビの二行の間には不可解な断絶がある。はっきりいって意味がよくわからない。「誰よりも幸せな人 訳もなく悲しみの人」がいったいどうしたというのであろうか。また「長い坂の絵のフレーム」というのが体言止めに使用されたものなのかすら判然としない。

 いったいに詩という言語形式はその特性上、ある種の「断絶」こそを表現の要諦とするものだが、この二行の断絶のレベルは異様とすら言える。「が」や「は」といった行間を繋ぐ助詞はなく、ともかく「誰よりも幸せな人 訳もなく悲しみの人」→「長い坂の絵のフレーム」という帰結なのであり、そうとしかいいようがないある「何ごと」かを現出せしめんとしていて、むしろそのような「断絶」と「飛躍」こそがその開示を可能にしているのである。「長い坂の絵のフレーム」という「非−意味」「没意味」であるような抽象度の高い位相へ忽然、ぽんと飛ぶことによって「解釈可能性」が無限に獲得されているとも言えるだろう。またリピート部では「誰よりも幸せだから 意味もなく悲しみまでが/長い坂の絵のフレーム」となっていて、ここには「が」という助詞がついているが、またしても「長い坂の絵のフレーム」という奇妙な名辞が「〜だから〜までが」という語法が通常帰結するべき着地点を見事に異化してしまうのである。「誰よりも幸せ」であることが何故「悲しみ」に繋がるのか、ということそれ自体が興味深い問題だが、「誰よりも幸せだから 意味もなく悲しみまでが」という文体に篭もるいわくいいがたいある情緒が、結句「長い坂の絵のフレーム」によって何にも揺るがされることのない次元にまで昇華されてゆくのである。

 「長い坂の絵のフレーム」とはここでは、いわば表象不可能な「何か」を暗示すべき「通路」として、歌人みずからがその表象不可能な「何か」から切り取ってみせた、この曲における「根源語」なのである。
(R)
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2008年09月03日

町(ACO)

(この記事は2004年2月27日に書かれました)

 SONY携帯のCMにも使われていたACOの新境地的マキシである。砂原良徳がプロデュースしてた頃のACO(「ハートを燃やして」など)はそれなりの魅力があった。しかし以前何かのカップリングでRADIOHEADの「CREEP」をカバーしたのだが、それがあまりにひどかったので一気に興ざめしたというか、ACOに対する信頼感も消えたのであった。

 「CREEP」は色々取り扱う上では配慮の要る曲なのだが(そもそもこの曲を取り上げる時点で、ある種のセンスのなさとRADIOHEADのよきリスナーでないことを露呈してしまっているだろう。少なくともカバーした当時は)、その解釈はいわゆるべタベタかつコテコテの許しがたいものであった。実は繊細な曲を単なる歌謡ROCKにしてしまった罪は大きい。その点ではLIVEでカバーしている椎名林檎(こいつもRADIOHEADに関してはA級戦犯クラスのことを色々やっている。A級は他にも色々いるが挙げるのもウンザリしてくるような連中ばかりなので挙げないでおく)あたりも同罪なのだが、ACOは無自覚っぽいとこがタチが悪い。

 そしてこの「町」だが、MUMプロデュースと聴いたときは耳を疑った。MUMはビョークと同じアイスランド出身のフォーク・エレクトロニカ周辺の新鋭で、「ベルセバ(BELL&SEBASTIAN)」の「天使と悪魔」のジャケットに写っている双子の女の子としても知られている。しかしACOがこんな所に目をつけていたとは!と驚き、マドンナみたいな鼻を利かす奴なのか?と思った。ジュディマリのYUKIはビョークになりたいようでPVその他であからさまなパクリが目に付いたが、ACOもまたそういったところがあるように思われた。

 早速アルバムを聞いてみると全曲そうなのだが、特に4曲目はそのまんまMUMのシングルと同じなのじゃないか?と聞えるほどである。ただしこれはMUMプロデュースではない。で「町」を聞くと曲自体はいい。それは全曲ともそうであり、サウンドにしても全部MUMが創り上げたものから借りてきたようなものだからオリジナリティは皆無だが、それを差し引けばACOの歌声・歌唱とともに高性能である。その辺の取り込みの巧さが日本の職人的な善し悪しになってくる。

 限定評価しかできないが、聴ける作品ではあるし、日本でこういう事をやった(やれた)希少な存在としては価値があるのかもしれない。(R)
posted by SIZ at 00:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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