2010年12月17日

失われた祭りをもとめて〜現代サブカルの深層心理

★終わりを忌避する現代社会

 911テロの跡地であるグラウンド・ゼロに再び世界貿易センタービルをも凌ぐ記念タワーを創り上げる計画があるという。色々な問題を抱えて難航しているようだが、そこからうかがえるのはいまだ治らないアメリカの病である。それは「失われた祭り」を再現しようと躍起になる姿に見える。彼らは、あの広大な一画をぽっかりとした空白地帯のゼロ地点のままにしておくことが出来ないのである。追悼の塔であると主張しているようだが、このような弔いのあり方はむしろ死者の犠牲を無に帰す反魂にすぎないのでないか。そこには「喪に服する」ということへの根源的な省察が欠けており、彼らは致命的な誤謬を犯しているのではないだろうか。グラウンド・ゼロはかつての「輝けるアメリカ」のあくまで跡地なのであり、悲惨な出来事の跡地として素舞台にしておくことによってのみ真の鎮魂が成り立つのである。「悼む」ことは、痛みを麻痺させることによって可能になるのではない。どこまでも悲劇の痛覚を想像しうる喚起力をグラウンド・ゼロは持たねばならない。アメリカの「祭り」はまだ終わっていないのである。

 現代社会はグローバルな状況として「終わり」を望まない傾向にあると言える。「終わり」を迎えることの極端な忌避、そして究極的には「死」を可能な限り回避・延命し続けることによって、この世の「無常」の隠蔽を拡大し推し進めていく科学技術とそれへの信仰。たとえば近年のアニメ業界の最大のヒット作であり、サブカル界を席巻した『けいおん!』のマンガおよびアニメの連載終了・放映終了における、愛好者の過剰なうろたえぶりは記憶に新しい。連載終了をあたかも世界の終わりであるかのように受け入れられないものとしてふるまう愛好者たちの姿は、現代のサブカルチャー(マンガ・アニメ・ゲーム)のマスが何を志向しているのかを暗示している。むろんそれはひとつの擬態にすぎないであろう。だがそのようにふるまおうとすることに現代のサブカル文脈の基盤があるとも言えよう。まさに「アイロニカルな没入=虚構にすぎないことをよく知っているが、それでも不動の『現実』であるかのように振る舞う態度」(大澤真幸)の横溢である。2010年に話題となったTVドラマ『Q10』でも、そのような「終わること」をめぐる主人公のモノローグが散見され、また『けいおん!』の連載終了に恐怖したような者たちの戯画が描写されてもいた。(しかしこの作品では、最終的には主人公が未来から来たロボットのリセット・ボタンを押して、かけがえのないものとなっていたロボットとの関係性を断ち切るという苦渋の選択が描かれていた。)

 そもそもSFが今よりもサブカルのスタンダードに食い込んでいたと思われる時代では、一日が何度も反復される趣向の作品がありふれていたし、反復といえばループ系のタイムリープもの、あるいはパラレル・ワールドのモチーフは、80年代ラブコメの定型だったろう。有名な押井守『ビューティフル・ドリーマー』(いつまでも文化祭当日がやって来ず「祭り」の準備だけが反復される作品)の他にもアニメ『きまぐれオレンジロード』では、望月智充が演出担当した「そしてダ・カーポ」などの話に顕著であった。それらは往々にして話型じたいが円環構造をなしていたことも指摘できよう。

 そもそも『サザエさん』に代表される過去無数に量産されてきた日常系の作品では、「終わり」というものが設定も意識もされていない。それは「終わり」の刻印がどこにもない作品類型だと言える。だが同時に世紀末を跨ぐ辺りから『あずまんが大王』や『けいおん!』といった日常系の学園ものなどで、非常にサブカル的な身体性を持ちながら、過ぎ去る時間と成長する人物という基軸が導入されるようになり、先述のように作品内の「卒業」に耐えられないといった倒錯した現象が起きてくる。われわれはこれまでのサブカル作品において、「終わり」が回避されてあることに飼い慣らされすぎていたのだろうか。

 だがわれわれはつい十年ほど前の前世紀末までノストラダムスに代表される終末論の世界観を共有し、ハルマゲドンを懼れつつそのような「物語」を消費してきたし、一部に勃興した「物語」濫用者はじっさいにそれを起こそうともした。だがそこでのそうした「終わり」の「物語」は、終わりゆくものに引導を渡す大義を放擲した「お祭り騒ぎ」にすぎなかった。われわれはそれを無責任に愉しむことすらしただろう。そうした点から見れば、オウム教団の幹部が来たるべき最終結論に向けて準備していたものも、ひとつの巨大な「祭り」の準備にすぎなかったとも言えるだろう。

 なぜわれわれの社会はハルマゲドンという「祭り」を希望したのか。しかもそれは「祭りのあと」に現れた「祭り」であった。蓋し「祭り」が渇望されるのは「祭り」がすでに終了しているからであり、「祭り」がない状態すなわち「終わりなき日常」ゆえにである。宮台真司がかつて指摘したように「終わりなき日常」を拒否して「祭り=ハルマゲドン」を希求することのなかからオウムの実力行使は産まれてきた。われわれにとってもはや「終わりなき日常」は「祭り」の欠如態としてある。だとすれば戦後から世紀末にかけて失われていった「祭り」とは何だったろうかと考えてみる必要がありそうだ。そのときそこで終わっていたものとは何であろうか、と。

 よく言われるように、ひとつにはそれは「物語」の失墜であろう。われわれにとって、共同体として信じられ、希望を見いだせる「物語」(宮台真司は「良きことの自明性」「良心」「倫理」などを挙げていた)は戦後、順次さまざまな段階を経て瓦解していった。敗戦、市民運動・学生運動の挫折、三島の自決、昭和の終焉、共産主義の敗北、バブル経済の暴落、1995年の衝撃、911テロ、広がるコミュニケーション・ギャップとあらゆる格差、各方面の安全神話の崩落、どの局面にも見出せるモラル・ハザード、それと反比例するかのようにますます狭量になる検閲的モラルの帝国主義・・・・・・ハルマゲドンは、あらゆる価値の文脈が解体され崩壊した後にかろうじて機能しかけた大きな(「 」つきの)「物語」であり、終末論はお手頃なものにリサイジングされた「祭り」のいわば「しおり」であった。あの当時のわれわれの社会では、それに対して人々がどのようなリアクションを取るにせよ、半ば無意識に「祭り」に参加していたのである。

 だから赤城智弘の物議を醸した議論「希望は戦争」は、21世紀に突如として出現した心理ではない。すでに終末論を求めた人々の心の荒廃に暗に胚胎していたものであり、世紀末という「祭り」以後も終わらなかった「後の祭り」なのである。

 世紀末の終わりとともに「祭り」は終わり、社会は「祭りのあと」を今も過ごしている。だが終末が終わったとき、われわれは「祭り」がなぜ求められたのかという問題それじたいを終らせていたわけではなかった。したがって「祭り」は内面的に続行されつづけているのである。そこでは「戦後」もまた終わってなどいないのだ。むろん、しかるべき訣別なきところには何らの鎮魂も追悼もありえないのである。(R)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック

徳島県 - 確実☆即決せフレ案内所
Excerpt: 登録からお相手検索、待ち合わせまで全てをこのサイトでチェック!
Weblog: 徳島県 - 確実☆即決せフレ案内所
Tracked: 2014-06-06 13:39
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。