2010年11月12日

失われた祭りをもとめて〜乙一『さみしさの周波数』と新海誠『秒速3センチメートル』

 先月すでに<アフター・カーニバルとは?>のカテゴリで「失われた祭りをもとめて〜終焉を廻るまなざし」という連載記事を4回ほどつづけて終了したのだけれど、まだ色々と補足したり書くべき事が残っているので、また今回からお付き合い願います。
 どうでもいいのだけど、そもそもこの連載は約7年前このブログの前身HP「アフター・カーニバル」を立ち上げた際の第一回記事の予定にあったものを今さら書いている次第である。たしかうっすら載っけたものを削除したような気がする。しかし今頃になってようやく書くべきもののツケを払っているような感じである。

★乙一『さみしさの周波数』と新海誠『秒速3センチメートル』

 乙一の小説『さみしさの周波数』に「未来予報」という短編が収められていて、あらすじはこうだ。

 小学生の頃「僕」と清水は、どちらも目立たない存在だった。お互い家が近所同士なだけで付き合いがある間柄でもなかった。ある日不思議な予知能力があるという転校生に「お前たち二人、どちらかが死ななければ、いつか結婚するぜ」と告げられる。
 それ以来「僕」は彼女と前よりいっそう距離を置くようになってしまった。中学卒業を経て高校は離ればなれになり、疎遠なまま成人した。「僕」は人生から落ちこぼれて行き、進学もせずフリーターとして社会の底辺を這って日々を無為に過ごしていた。「未来には不安が待ち構えている。過去には後悔がたたずんでいる。人生を送るというのは、どんなに難しいことなのだろう」と。そんな中で清水のことを想う時間だけが灯火になっていた・・・・・・。

 それはノストラダムスの予言のように、未だ来ない「未来」が現在の自分の人生を色づけする。「予言の成就」を期待するわけではない。にもかかわらず「僕」は「予報」されたという過去の事実、過去の物語の時制を受けていく。
 そうして前後不覚になるような孤独の中、清水の存在を唯一のよりどころとしながら、「だからといっていつまでもそうしていてはいけない。そのような実体のないものからは、いつか自立しなくてはいけない。そして、そのいつかというのを先延ばしにしてはいけないのだ」と「僕」は動き出す。だがその矢先に清水は病没する。
 回想形式の「僕」の物語の終りは次のように締めくくられる。

 
僕たちの間には言葉で表現できる「関係」は存在しなかった。ただ透明な川が二人の間を隔てて流れているように、あるような、ないような距離を保っていた。
 しかし、僕は清水のことを考えるとき、まるで何十年も連れ添った後、寿命で眠るように死んでしまった妻へ想いを馳せるような、懐かしい気持ちになるのだ。


 やや感傷的に感じられるかもしれないが、ここで重要なのは明確な「関係」性がなかったにもかかわらず、「僕」にはそれが決定的な意味を持って生きられてきたということだ。「僕」は現実には人生の底辺をさまよいながら、小学生の頃の「未来予報」が暗示したものから規制されていた。「どちらかが死ななければ、いつか結婚する」ということは、二つの可能性を持っている。それは予言者によれば「隣り合わせで、不確定だった」のだという。あの時ああしていたら別の未来がありえたんじゃないかという後悔と疑念。不確定な「未来予報」は「僕」にかかった一種の「呪い」である。

 新海誠のアニメ『秒速5センチメートル』にも「祭りのあと」を抜け殻のように空虚に生きている男が主人公である。
 東京の小学生・遠野貴樹と篠原明里はお互いに対する「他人には分らない特別な想い」があった。しかし卒業後に明里は栃木へ転校しそれきり会えなくなる。中1の夏には明里から手紙が届くが、貴樹もまた鹿児島へ転校してしまう。「もう二度と会えなくなるかもしれない」と思った貴樹は、明里に会いに行く。二人は再会し、そして別れ、ついにそれきりになる。

 ここでの「祭り」とは、互いにとって「他人には分らない特別な想い」を共有しあったという、人生における初めての「絆」であり、ヒロインとのそのような関係性である。だがそれは絶対的なものではないし、ごく微妙なものでしかない。またすでに断念されたものでもある。だからこそ貴樹はなんとか少年時代の恋愛未満の恋から遠く離れて、今はもう前に進もうとしてきた。しかし、お互いの中で共有されていたはずの「いつかまた一緒に桜を観ることが出来る」という「あの日の黙契」が心の桎梏として自らを成熟させないでいる。「あれほどまでに真剣で切実だった想い」はもう消えたのに、「季節よ移ろわないで One More Time」と街をさまよい、「言えなかった好きという言葉」は痣になって消えない。だからむろん「あの日の僕」が鎮魂されることもないのだ。
 街は彼女の幻影を探し求める空間でしかなく、ふと踏み切りの向こうにすれちがった彼女らしきその人を振り返る。だが、「今振り返れば、あの人もきっと振り返る」という黙契は果たされない。貴樹はこれからも「ずっと昔の夢」を見つづけるだろう。こうした物語構造においては、貴樹にとって彼女は永遠に踏み切りの向こう側に消えてはまた現れる存在に留まり、失われた黙契の夢想を抜け出ることはできないのである。(R)
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