2010年05月10日

負けしか見えない――日向武史『あひるの空』――(現代マンガの潮流L)

(この記事は2007年4月18日に書かれました)

 日向武史『あひるの空』で特筆すべきなのは一点である。それは、この作品が敗北しか描かないということである。

 主人公・車谷空の属する九頭龍高校のバスケットボール部は、発売されている単行本で見るかぎり、一勝もしていない。かつて、このようなスポーツ漫画があり得、また存在しただろうか? しかも「週刊少年マガジン」というメジャー少年向け漫画週刊誌において。主人公のチームが一勝もしない。これは少年マンガのセオリーを覆す行為で、ある意味では暴挙ですらある。常識から言うと、すぐに打ち切りになって当然だとも言える。それがここまで人気を博しているというのには当然、この作品の単体での面白さがあるのだが、ある文脈においてみるとその意義は一層明確になるようである。

 端的に言うと、その意義は、『あひるの空』が、井上雄彦『スラムダンク』後の流れにおいて生み出されたスポーツマンガの一つの到達点であるというところにある。『スラムダンク』では、桜木花道属する湘北バスケ部は、最強といわれる山王高校に勝利するのだが、その次の試合で負けてしまう。そこで井上が志向したものとは、敗北を描くことであり、それはいわゆる〈敗者の栄光〉を描きたいということとは異なることは、現在連載中の『バガボンド』『リアル』をみれば明瞭である。敗北、あるいは断念された勝利への道、それでもそのあとに残るものがあるのなら、井上はそれに目を向けようとしたのではないだろうか。これは当然、〈結果よりも過程が大事〉などという生やさしいものではない。なぜなら、勝利も敗北も、結果も過程も、お互いを存在証明の手段としているからだ。勝利ではないから敗北である、または敗北ではないから勝利であるというように。勝利がなければ敗北もなく、敗北がなければ勝利もない。井上の作品にも、『あひるの空』にも、勝利の喜びと敗北の悔しさは痛いほど描き込まれている。しかしそれでも、その先を見ようとしているのが、井上や日向ではないだろうか。

 しかし、『スラムダンク』の連載終了が示したものは、湘北の敗北という作品内の出来事であるというよりも、勝利と敗北の先にあるものに目を向けようとする姿勢そのものの敗北だったのではないか。また、もっともメジャーな少年向け漫画雑誌において、そのような姿勢は追究するべからずという教訓、時代の潮流だったのではないか。だからこそ、『バガボンド』は「週刊モーニング」で、『リアル』は「週刊ヤングジャンプ」で連載せざるを得なかったのではないか。

 この流れのなかで『あひるの空』を読むなら、それは『スラムダンク』を読んで描かれたマンガだということができる(ある登場人物が、『スラムダンク』を読んでバスケを始めたと言うシーンもあるが)。『あひるの空』は、勝利と敗北の先にあるものの追究と、それを追究する姿勢そのものを時代へ問うことの、二重の命題を背負って描かれている作品なのである。だから九頭龍高は勝ってはならないし、連載は「週刊ヤングマガジン」ではなく、「週刊少年マガジン」でなければならないのである。そしてそれはなによりも読者がそう望んでいるのである。『あひるの空』そのものの展開と同時に、敗北しか描かないスタンスの行き着く先を見たいという読者たちの願いが、この作品を支えているのである。

 また、この作品も平均的な公立高校のバスケ部を主人公チームに据えているが、そのリアリティについてはどうだろうか。他のスポーツマンガ同様、逸材が集まってきて、たった5人で全国制覇に向かうという構造をもつものだろうか。確かに、主人公の空の3ポイントシュートは抜群の精度を誇り、ドライブも秀逸であり、トビは天才プレイヤーである。しかし、当然体力は続かないので交代はするし、交代要員のメンバーがダメなら試合もダメである。体育館は他の部が使っているので毎日使えないし、合宿は学校でするしかない。顧問の先生はバスケなどとは縁のない生活指導の教員である。このあたり、既存のスポーツマンガで我々が醒めてしまう要素を排除しているようだが、これでもまだ嘘くさい部分、つまりそれでも奇蹟は起こるんでしょう?という突っ込みを入れる余地は残るだろう。しかし、そういう突っ込みを一蹴するのが、空の身長が著しく低い(150pに満たない)ことと、なによりこれだけ勝てる材料が少ないのだから、やっぱり負けるというところである。ここにおいて、我々は本当にこの作品の先を期待することになる。それは、いつかくる主人公の勝利ではない。勝利も敗北も問題ではない。この作品がいったい我々をどこへ連れて行くのか? その先に期待するとき、我々はまだこの世界に、自分自身に、期待する部分がわずかにでも残されているのではないかという予感をもつのである。(イワン)
posted by SIZ at 06:18| Comment(1) | TrackBack(0) | マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お前カスだなぁw
試合勝ってるだろw
ちゃんとみろくずw
Posted by あひる at 2012年08月23日 20:22
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