2010年03月13日

強いのは誰か?――谷川浩司、羽生善治

(この記事は2005年6月12日に書かれました)

●谷川浩司
谷川は将棋を変えたと言われる。記録だけを見るとそれほどではないが、谷川以前と以降では将棋の質が変わったとまで言われるほどの人物である。実際谷川の存在がチャイルドブランドと呼ばれることになる世代(いわゆる羽生世代)を用意したのだし、羽生にあっという間に追い上げられ、タイトルをとられながらも同世代のなかでただ一人前進し続け、今なお5本の指に入る実力を持っている(トップ3と言っても良いくらいである)。谷川の棋風はよく「光速流」と呼ばれ、とにかく終盤のスピードに定評がある。独特の美学があって、おそらくそれが谷川の強さとなっている反面、その美学が邪魔をして勝ちに拘りきれずどこかで限界になっているのだと思う。

 人柄はとにかく誠実で、羽生七冠を許したとき、谷川はまず「ファンの人に申し訳ないし、羽生さんにも申し訳ない」と言った。目標とする棋士は羽生善治で、このように十歳も年下の棋士が目標であると公言できる真摯さと将棋に対する(とりわけ強くなろうという)情熱には、ファンならずとも胸を熱くさせるものがある。

 2ちゃんでの愛称は「タニー」。「達人」とも呼ばれているようだ。


●羽生善治
将棋界の麒麟児。これまで紹介した誰もが十年にひとりの天才と言っても過言ではないと思うが、この人は別格の天才だとぼくは思っている。羽生が七冠を達成する前年、最後のタイトルを賭けて羽生は谷川に挑戦した。この年マスコミは初の七冠という歴史的瞬間を目の当たりにできると思い、こぞって羽生を持ち上げたが結果は三勝四敗でタイトル獲得を逃した。マスコミを含め、多くのファンはこの結果に失望し、六つものタイトルを羽生が全て維持してその上翌年のタイトル挑戦者となるのはまず不可能と諦めたが、羽生は苛酷な日程のなかそれをこなし、タイトル挑戦者となっただけでなく、最後のタイトルも谷川の手からもぎ取り、史上初の七冠を達成したのである。この年の羽生の年間勝率は0.8364で歴代二位。それも普通勝率の記録はデビュー直後のものになるが、これはトップクラスの棋士ばかりを相手に達成したものである。通算成績で言えば、1100戦時点での勝率が7割4分。比較してみても、大山は1100戦時点で0.701。中原は0.694。この二人も歴代から見れば図抜けた大記録なのだが羽生はさらに4分も上である。また1992年の竜王戦以降、常に三冠以上のタイトルを保持し続け、03年と04年に立て続けに森内俊之にタイトルを奪われるまでは彼以上のタイトルホルダーはいなかった。森内によって一冠までに落ち込むものの半年のあいだに三タイトルを奪い、現在四冠である。これに加え準タイトルと言える朝日オープン選手権も保持。逆に森内が現在は名人のみの一冠。現在名人戦が行われているが、2勝3敗で森内ややリードであるが、油断ならない状況である。そのうえ佐藤康光が保持している棋聖戦もはじまり、羽生先勝。竜王戦は比較的早々に敗退したものの、六冠という可能性も十分にありうる状況である。

 羽生が七冠を達成したとき、森下卓は「棋士全員にとって屈辱」と言い、また囲碁棋士の誰だったかは(誰か覚えていない)「他の棋士は何をしている」と言ったらしいが、羽生世代は羽生のネームバリューによって覆い隠されている印象があるものの、むしろこれまでの将棋の歴史には一度としてなかったほどに強豪が多く、多士済々なのである。幼少からのライバルであった森内俊之、佐藤康光(これに羽生と先崎学を加えて「チャイルドブランド」と言われた)をはじめ、遅れてきた羽生世代と言われる藤井猛、郷田真隆、丸山忠久、先崎学、故・村山聖などどれをとっても(とは言え、先崎学だけは「期待はずれの羽生世代」と言われたりするが)超一流である。またあの林葉直子や現女流棋士の2トップである清水市代、中井広恵もこの世代であり、さらにアマチュアにおいてはプロ棋士相手に圧倒的な勝率を誇っている(とは言ってもあくまでC級の棋士相手だが)瀬川晶司など、とにかくこれでもかというほどに強い棋士が多く(A級棋士はプロでも10人しかなれないが、羽生世代が過半を占めている)、決して羽生以外の棋士が弱いわけではないのである。

 これほどまでに羽生が強いのは、おそらく彼がオールランドプレーヤーであるという点と大きく関わっているのだと思う。華麗な指し回しをする棋士はいる。独創的な手を考える棋士もいる。勝負に辛く執念深い棋士もいる。羽生はそのどれもに当てはまる。勝負に辛く、ほとんど負けている対局も手を抜かず最後まで粘る一方、羽生マジックと言われる華麗な差し手を考える。研究肌であり勝負師でもある。これまでの棋士は自分の得意な戦型に拘り、ひとつを極めるというタイプが多かったが、彼はそのような拘りはなく、どのような戦型もこなし、対応できる。

 「極端な言い方をすれば、将棋の初手で最善が何かというところまで 極めていきたい」羽生の言葉である。道を極める人というのはこういう人を指すのだろうなと思う。(A.I.)


posted by SIZ at 09:44| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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