(この記事は2005年2月3日に書かれました)
(ストーリー)
バラバラ殺人みたいな事件があって、それを明智小五郎が解く。
一応、江戸川乱歩原作である。
石井輝男監督と言えば、1950年代から活躍しているベテラン監督であり、乱歩やつげ義春の作品、三億円事件などの実録ものなどを撮り、海外でも評価が高い(のだと思う)。例えばタランティーノはこの石井監督のファンであり、『キル・ビル』のオーレン・イシイ(ルーシー・リューが演じた姐さん)の名前は石井聰亙と石井輝男からとったと話している(石井克人とは言わないあたりがタランティーノである)。本作でもリリー・フランキー、塚本晋也、リトル・フランキー(小人プロレスのレスラー)、及川光博、手塚眞、園子温などが出演していて、ある意味では豪華だと言っても良い。
しかしでは、作品が優れているのかと言えば、全くそんなことはなくて、むしろひどいと言っても良いくらいである。一応昭和という設定であろうが、ゲリラ撮影を行っているせいか後ろではバイクが走っていたりするし、石畳はコンクリで塗り固めてある。照明をたく気がないのか夜のシーンは全く見えないし、録音はカメラについているマイクで録ったのか雑音が入りまくって聞えないし、アフレコの部分は逆に音が入りまくっている。はっきり言って昨今のアダルトビデオのほうがマシなくらいである(オーロラプロジェクトのハメ撮りのほうが演出、照明、撮影ともに上だと思う)。
しかも出演している女はほとんど例外なく(脈絡もなく)裸になるし、肝心の猟奇趣味にしてもいまいち煮え切らない。ただ実際のミゼットであるリトル・フランキーがサーカスの団員たちにバカにされるシーンはけっこうエグいものがあったが。
要するにこの監督はカルト人気によって支えられていると言えるのだが、しかしそのカルトぶりは例えばデビッド・リンチなんかとは全く違う。何というか実際の事件やいわばフリークスなどを材料として扱っているにもかかわらず、作品からは思想やら問題意識のようなものを感じとることが出来ないのである。これにはけっこう面食らう。扱っている題材が題材なので、普通はここまで題材に対して無関心になれるものではない。本作に出てくるミゼットと盲人にしても、扱いは要するに異形の犯罪者という位置づけであり、かろうじてリトル・フランキーがこれまで受けてきた屈辱的な扱いについて怒りを露わにする箇所があるものの、それも特に内容に関わるわけではない。差別を肯定しているわけではないが、特に否定的に描いている場所もない。こういう天真爛漫さは現代では確かに珍しい。何となくタランティーノが好むのも分かる気がするが、しかしこんなんで良いのかという気もするわけである。(A.I.)
2009年01月04日
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