2008年10月30日

恋愛曲線(小酒井不木)

(この記事は2005年4月5日に書かれました)

 医者で作家というのも古来ずいぶんいるように思う。今でも加賀乙彦とか岡井隆とか南木佳士とか色々いる。ミステリ界でも同じで、山田風太郎など初期は医学知識の応用ものが多かったし、そもそもドイルが医者である。ミステリとの相性のよさというのがあるのだろう。科学的知識が単純に設定等に役立つし、人間心理を扱う犯罪心理ものでも人体を含めた人間通という利があるように思う。

 この小酒井不木の『恋愛曲線』も、科学者で医学博士の作者によって書かれた傑作である。

 主人公の研究者は、心臓だけを切り出してその拍動による電流を、おそらく今の心電図方式で運動曲線として記録していく。それだけではない。切り取った心臓を拍動させるために血液を用いるのだが、ある感情の状態において採血した血液(喜怒哀楽それぞれにおいて分泌されるものが違う)ごとにどんな曲線が現れるか実験するのである。主人公は自分で喜んで「怒って」自分の腕に注射を打ったりしている。そしてその究極たる曲線、すなわち主人公の言う「恋愛曲線」を描くために自らの命までかける。なぜそこまでするかといえば、友人に想い人と添い遂げられ失恋の極致にいる自分の血液と、同じ境遇の女の心臓とを掛け合わせれば、恋愛の極限状態が「恋愛曲線」として現れるはずであり、それを件の友人に婚姻祝いとして献上せんというのであった。実験しながら最後の遺書となる異様な書簡をしたためていくのである。

 この頃のミステリに多い書簡体でもあり、ある種の大正らしさが漂っている。書簡体のミステリで思い浮かべるのは、山田風太郎の初期にもあったが、芥川の「二つの手紙」である。有名なドッペルゲンガーの話である。この手の形式ではたいてい犯人自身によるものだったり、一人称叙述でもって精神病患者かそれすれすれの扱いで展開されることが多い。『恋愛曲線』の研究者も、出だしは友人思いの朴訥な青年の筆致に見えて、次第に異常な精神を覗くような、あきらかに(なにをもって異常か誰にも明示し得ないとしても)マッドサイエンスの世界へと、しかし妙に覚めたテンションで書簡の内容がずれ込んでいくのにふと気づくのである。書かれていることは異様なのに、どこか純粋であり、最後にはすべてが反転する。そして世にも悪趣味で迷惑なプレゼントが残されるのであった。

 形式のせいもあるだろうが、ぎこちなさがなくもない。しかしこのうしろ暗さ。乱歩の『鏡地獄』(これも好きだ)のような実験性。それと絡み合うテーマ性。けっこう震えたのである。(R)
posted by SIZ at 04:35| Comment(0) | TrackBack(1) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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