2010年10月31日

映画『時をかける少女』〜失われたどこにもない時間を駆けめぐる青春映画

 傑作。泣きそうになった。素晴らしすぎる。予告で仲里依紗が制服姿で走るスクロール・ショットの疾走感を目にしたときから予感はあったが、近年観た邦画では間違いなくベスト1にあがる。脚本も面白い。これだけ過去の作があるリメイクで、これだけのドラマを紡げたことに拍手を送りたい。

 まず昭和のはんぱないディテールの再現力は『三丁目の夕陽』を軽く凌駕している。いやぱっと見のゴージャスさCG力は向こうが上だろう。というかこちらはCG使用した痕跡すらあまり見あたらない。しかし『三丁目の夕陽』はあまりにもどこにもない「昭和空間」だったが、本作は確実に地続きだったかつての世界の肌ざわりをまとっている。単純に手腕があると言っていい。是非この監督を覚えとこうと思う。

 なんといっても仲里依紗がヒロインとしてこれ以上ないほどの存在感を放ち際だっている。涼太のバスが去ってゆく瞬間、まさにSF故のかなしみは頂点に達して、しかもこれぞ青春映画という痛みを彼女は体現していた。

 自主映画のラストに出てくる最後の桜のつぼみをひとつだけ咲かせないところとか、追加撮影したラストショットではヒロインが後ろ姿のみで出てくるので、何も知らない現代ではヒロインだと認識されないとか、とにかく色々と細かいところがこちらの内部を刺激しまくるのであっというまの2時間となる。いやぁ映画館で見るべきだった。

 ところでアニメ版にも「ゴールドベルグ」が主題的に使用されてたけど、今回も一部使用されたのは何かあるのだろうか?(R)
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2010年10月29日

アフター・カーニバル深夜便〜第26回生放送の告知:村上春樹『東京奇譚集』から「どこであれそれが見つかりそうな場所で」を読む〜

10月30日(土)25:00(10月31日の午前1時)開始

村上春樹『東京奇譚集』から「どこであれそれが見つかりそうな場所で」を読む

会場
http://www.ustream.tv/channel/siz-ashizu


"!?" いこうぜ……? "読解"の"向こう"側へ……

というわけで次はこれで。人が失踪して戻ってくる話です。(イワン)
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2010年10月19日

失われた祭りをもとめて〜終焉を廻るまなざし(四)

★時間的な「あと」、空間的な「あと」、存在論的な「あと」

 ここまで「祭のあと」を問題にしてきたが、この「あと」という事態は、時間的なものであろうか。それとも空間的・場所的なものであろうか。もちろんその両義性をともに含意してきた。つまりそれは、祭り以後の「後」であり、祭りの現場の名残としての「跡」であった。
 しかし本当の意味で問題にしてきた「祭りのあと」の「あと」とは、もっと存在論的な地平にまで広がっている。時間的にも空間的にも「いまここ」は「祭りのあと」であるのにもかかわらず、みずからの内裏では「祭り」が続行せられている状態を問題視してきた。スコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』のギャツビーが、失われたかつての愛を信じて、内面化された「祭り」をあくまでも延命させようとするアナクロニズムに孤軍奮闘した結果どうなったか。彼は夏の終わりに死んだ。終わりゆく夏を生き残ることは出来なかった。ギャツビーという存在の内奥にまで失われたはずのかつての「祭り」が及んでいた、いやもはやギャツビーという存在の何ものであるかは、「祭り」によって規定されていたと言ってもいい。ここでは「祭り」は「青春」と呼んでもいいし、失われた愛の時間と見ることも可能だ。
 そのような妄執に引きずられた「祭りのあと」の「あと」は、意識的であれ無意識的であれ、いわばある種の「痕」として刻印されているものである。だからそのような、己の内面で埋み火のようにくすぶって、みずからを規定し制圧してしまうような「痕」をはっきりと意識の俎上に載せ、精確に克明にありのままに、「祭り」をなぞり返す必要があるのだ。みずからの身体に深く食い込んでしまった「祭り」を自己剥離するために。
 「祭り」がリアルタイムで「祭り」であったときは、他者と共有され相互に営まれていたものだろう。原則的には「祭り」は独りで運営されるものではありえない。他者との関係性のなかで、なにがしか共時的に了解されつつ培われた文脈作りが、すなわちひとつの「祭り」の形成と駆動へと繋がるのである。しかしながら「祭りのあと」は、個別的なものであり個人的なものである。だからこそ、そのもの自身の主観性のなかで、かつての「祭り」が鎮魂されねばならないのだ。「あの痛み」が「この痛み」としてみずからに痛覚されるまで、個別的な「悼み」が必要なのだ。

 日常生活は終わりなきものだが、非日常である「祭り」は終わりあるものだ。しかし「祭り」からいつ帰るのかは自己決断せねばならない。やがては「祭り」じたいが終わるが、帰り際を逸し、みずから帰れなかった者は、「祭り」を個人的な形で引き継ぎ続行させてしまうからである。われわれアフター・カーニバルはついに「祭り」から帰りそびれた者たちである。

★終わらないもの

 夏目漱石の前期三部作と言われる小説群は、まず『三四郎』の青春が描かれ、『それから』後の脱モラトリアムの懊悩が主題化される。また略奪愛という恋愛の禁忌への逸脱の果てに、『門』では淪落したかのような駆け落ち夫婦の、今や少々冷えこんできている実生活が、罪におびえながらも基本的には平穏な日常として描かれている。だが『門』で描かれる、すべての「あと」の光景はそんなに静寂なばかりではなく、むしろ不穏さを秘めた凪のようなものである。そこでは「過去になったもの」と、自己存在にひそかに底流する「終わらないもの」「片付かないもの」という、漱石文学に一貫するテーマが問われていた。その「終わらないもの」は、後期の『こころ』においては、過去の罪と過去の愛(執着)との対置のなかで循環的に増幅され最終的に先生を自殺へと追いやる。先生の罪悪感は友人Kの自殺直後よりも、年を経るごとに重くなってゆく。でなければKの自殺直後に迂闊にもお嬢さんとそのまま結婚するはずもない。とすれば先生は罪の意識そのものに耐えられなくなったというより、罪を己が存在規定に抱えこんで以来の長い時間性に耐えかねたのかもしれない。恋愛による悲劇と恋愛の成就による歓びのあとで、先生は過去の「終わらないもの」をここまで引きずってきてしまった分厚い時間の、その距離の遠さに絶望したのかもしれない。
 では先生は自らの「過去」をどのように取り扱えば、死なずにすんだのだろうか。

★遊びの時間

 一連の「祭りのあと」に関するこの論考めいたものもこれが最後となる。ここで改めて断っておきたいのだが、そもそも「失われた祭りをもとめて」と題しているが、これは「あの祭りよ、もう一度」ということではない。そうではなく、みずからにおいて「失われた祭り」が何であったのか、それを解き明かすことを意味しているのである。
 それはすなわち「失われた祭り」の終焉を決定づけることであり、かつての「祭り」と訣別するための必須の手続きである。われわれには、過去の幻影やその残滓とよく別離し、新たな全き日常性へと軟着陸するための弔いが必要なのである。

 浦沢直樹『20世紀少年』(映画版)に出てくるトモダチ=みずから20世紀を代表しているという少年は、「遊びの時間」を終えることの出来なかった人間であった。
 たいていの子供は毎日の遊びの時間を終えて夜になれば家に帰って行く。そしてやがて成長して「遊びの時間」に自ら終止符を打つことによって成熟した「大人」となってゆく。では20世紀少年から「成熟」の契機を奪ったものは何か。彼をして「遊びの時間」に自ら終止符を打つことを無限に延命させつづけたものは何だったのか。
 おそらくそれは「遊びの時間」がそもそも彼になかったことによるのだろう。真に遊べるトモダチと関係を築き、豊かな「遊びの時間」を経験することなく少年時代を終えてしまった彼は、思春期も成人後も、そうした悔恨と慚愧とルサンチマンの記憶を抱えて生きてきたのではないだろうか。だから20世紀少年は言うのだ。「まだ遊びの時間は終わりじゃない」と。かつて自分がトモダチになりたかった遠藤ケンヂが彼に土下座して謝るとき、拘りつづけてきた「遊びの時間」をあっけなく終わらすような「大人」の振る舞いに彼は恐怖するのだ。
 匿名的な20世紀少年は「カツマタ」という固有名があったが(それも本名かどうかわからないにせよ)、周囲の大して自覚も悪気もない悪意によって排除されたあげく「死んだ」ことにされ、またそう語られることによって本当にそれぞれの記憶のなかで抹殺され無名化していった。たとえばクラスの誰かが死んでも彼自身はそいつの記憶を持ち続けている。しかし反対に自分は生きているのにもかかわらず、やがて皆の記憶から消えて死んでいく。自分が生きているそうした小さな共同社会における致命的な不均衡が、彼から「遊びの時間」を十全に体験するという契機を決定的に奪ったのである。主人公の遠藤ケンヂ自身もそうした「忘却」に加担していた張本人であったことを最後になって気づく。悪意こそなかったものの、みずからの過ちによって損なわれてしまったトモダチの少年時代を彼は思い出せなかったのだ。知らず知らず傷つけていたトモダチの顔も名前も思い出せなかったのである。だからトモダチはみんなの「遊びの時間」が終わったあとも、ひとりで壮大かつ非人間的な「遊びの時間」を繰り広げることになったのだ。かつてそこに参加することが出来なかった「遊び」、それに代わるものあるいは凌ぐものとしてあったがやはり参加の望みを絶たれてしまった大阪万博。万博というお祭り。万博の夢。それを再現するために、その荒唐無稽な「遊びの時間」に世界とケンヂたちを巻き込み、「まだまだ終わっていないよ、ゲームはこれからだよ」などと言って、みんなを付きあわせようと腐心していたのである。

★アフター・カーニバル

 今われわれアフター・カーニバルは「遊びの時間」を終えようとしている。むろんすでに終わっているそれぞれの「遊びの時間」をだ。そのようにして再び初発の地に立とうとするかのように。そこはわれわれにとってのグラウンド・ゼロなのだ。
 しかしわれわれにとって、あるいは各人にとっての「アフター・カーニバル」が何であったのか、そもそも「失われた祭り」がいかなる姿形をしたものであったのか、いまだその内実を突き止められたわけではないだろう。それでも終えようとしているのだ。それぞれの「祭りのあと」を。
 そこでは、いかに容易ならざるとも、ともかくもそれは終わったのだと宣言することがひとつの「知恵」として実感されている。そこからこぼれ落ちるものはむろん多いだろう。だからこそ、こぼれ落ちるものを何ひとつ見逃さず豊かに抱え込んでいること、むしろそのような不十全さを、それでいいのだと肯定しようとし続けることなのだ。
 それが今のところ、さまざまな断念の果てにかろうじて可能な「言祝ぎ」であり、かつ「鎮魂」として選び取られた、アフター・カーニバルの痛切なる倫理なのである。−了−(R)

2010年10月18日

失われた祭りをもとめて〜終焉を廻るまなざし(参)

★よそながら見ること

 以上(前回まで)のことと関連するか分からないのだが、『徒然草』に少し触れたい。有名な「花は盛りに」で始まる第137段に、「よそながら見ること」という吉田兼好の、世界への距離の取り方がうかがえる箇所がある。満開の盛りの花ばかりに情趣があるのではなく、「散ったあと」の偲ぶ心によってより彼方へと想いは馳せられ、「非在」への憧憬に誘われるのだという。花見という祭りのまさに最中に、脇目もせず花ばかり見上げて、しまいには花の枝を無思慮に折ったりするようなふるまいには、「よそながら見ること(=ものを隔てをおいて見ること)」がないのだと。対象に「ねぢより、立ち寄り」するのでなく、距離をおいて感受することを説く。そうでない者が「賀茂祭」を見物する有様は醜悪である。メイン・イベントの行列がやってくるのが遅れていると、それがやって来るまではこの桟敷にいる必要はないといって、奥の家で飲み食いしたり囲碁・双六で遊び過ごし、かつ桟敷には見張りを置いておいたりする。そのくせ見張りがいざ祭の到来を告げるや、我先にと争って押し合いへし合い一つも見逃すまいと貧乏根性をむき出しにする。むろん見るものごとにいちいち愚にもつかない感想を吐かずにはいられないが、行列が過ぎ去るととたんに「また次がくるまで」と家に引っ込むのである。
 これはどういうことかと言えば、「唯物をのみ見むとするなるべし」ということだ。だから「祭り」を見るとはどのようなことかという問いが出てくる。どこまでが「祭り」の全体であるのか、あるいは何がその本質なのか。彼らは「唯物のみ」、「祭り」なら「祭りの行列のみ」を即物的に執着しようとしているに過ぎない。そこには我欲に埋没し対象と自他未分に癒着する貧弱な自己のありようしか見あたらない。ものを離れて観ることは、俗にいて俗を観ながら、なおそのものから遊離していることを通じて自己が定量・定位され、かろうじて縁取られてくるのであって、つまり自己存在の何であるか、その宿命性・有限性・無常性を思い知るための適切な距離調整の営みなのである。
 
 かつて映画監督の鈴木清順が「たまさかの美」というものを大事にしたいと述べていたことを思い出す。「たまさか」とは、たまたまの意味であり、偶然性を指すやまとことばである。
 たとえば打ち上げ花火を観たと言うとき、あらかじめ準備してしかるべき時にしかるべき場所へ行って待ち望まれたところに予定通り打ち上がってきた花火を歓楽した場合と、夜道を何となしに歩いていた時のふとしたよそ見にぱっと一瞬立ちのぼった花火に出会った感動と、どちらがより深い余韻を残すだろうか。夏の夜の一天を突き破るその音は、どちらが強く胸に響くだろうか。
 おそらく前者であれば容易に「来年もまた来よう」などといって実際にそうすることだろう。それは今失われた「祭」をもういちど求めることである。また後者であっても、たまさかの一瞬では飽きたらず、「どうせならもっと近くへ」「もっといっぱい見たい」などと、改めて「花火を見に行こう」とみずからふるまい出すことは、賀茂祭で「よそながら見ること」なく、自己の我執に搦めとられて省みることがなかったのと同様なのである。だから対象のさらなる「理解」や「受容」を追い求めるのでもない。鈴木清順はそうではなく、たまさかの打ち上げ花火と縁づいた一瞬の脇見のあと何ごともなかったように立ち去れというのである。そのような態度によって対象と深く出会うこと、驚くということ、何かを真に「観た」ということがあるのだと。
 そぞろ歩きのつれづれに、たまさか「よそながら」見て、一瞬の後にはかなく消え去った花火と自己とは、おのずからある隔てをもって出会われている。そこには遥かなものへの遠望感覚がある。打ち上げ花火とのそうした距離感、遠くに想いを馳せることによって、対象とゆかしく付きあう至純の倫理がある。そうしてそれはまたこの世の無常の無常性の内に深く根ざそうとする営みでもあるのだ。

 さて、真に「祭り」を見るということは、「祭りの行列のみ」を見ることだけではないと前に示唆した。『徒然草』の著者である兼好法師は次のように書いている。

 
暮るゝ程には、立て並べつる車ども、所なく並みゐつる人も、いづかたへか行きつらん、程なく稀になりて、車どものらうがはしさも済みぬれば、簾・疊も取り払ひ、目の前にさびしげになりゆくこそ、世のためしも思ひ知られて、あはれなれ。大路見たるこそ、祭見たるにてはあれ。


 祭りの終わりの日暮れには、所狭しと並んでいた車も人も、どこへか消え去ってまばらになり、帰りを急ぐ辺りの騒がしさもおさまって、色々と片付けられてゆく。次第にもの寂しげになってゆく様子を見て、まさにこの世の無常を思い知り、もののあわれを感じるのだ。このような大路の様子を見てこそ、祭を見たということなのである。
 兼好は以上のように言うわけだが、これは先にも述べた「何ごとかが行われ、それが去ったあとの舞台」を見つめるということでもあろう。そして(行列が過ぎていったあとの)大路の様子を見ることが「祭り」を見たということであり、つまり「祭りのあと」を見つめることこそ「祭り」を見たということになるのである。
 花火が打ち上がっている最中ではなく、すべてが終わって煙だけが立ちこめる夜空への己のまなざしだけが取りのこされながら、もう花火が打ち上がらないこと、はかない幻であったかのように再び現れないこと、すべてが無常の彼方に消え去ってしまったことを痛感するときにこそ、深い余韻とともに人は永遠性に触れているのだ。(R)

2010年10月17日

失われた祭りをもとめて〜終焉を廻るまなざし(弐)

★カーニバルとフェスティバル

 「祭り」にはカーニバルとフェスティバルという二つの側面がある。厳密に使い分けられているわけでもないが、たとえば博覧会や文化祭は観る側にとっては受動的に享受するもので、そうした祭りはフェスティバルである。それに対してカーニバルとは盆踊りのようにみずから祭りの渦中に運動するありようである。「アフター・カーニバル」とはだからその意味では、みずから「祭り」を経験した者に訪れる特権的な時間性のようにも思える。だが必ずしもその限りではないように思うのだ。より本質的に「アフター・カーニバル」であるとは、いったいどういうことなのだろうかと問うてみる必要がありそうだ。
 
 ところで森鴎外は『百物語』でみずからを「傍観者」と位置づけた。

 
僕は生まれながらの傍観者である。子供に交って遊んだ初から大人になって社交上尊卑種々の集会に出て行くようになった後まで、どんなに感興の湧き立った時も、僕はその渦巻に身を投じて、心から楽んだことがない。僕は人生の活劇の舞台にいたことはあっても、役らしい役をしたことがない。高がスタチストなのである。さて舞台に上らない時は、魚が水に住むように、傍観者が傍観者の境に安んじているのだから、僕はその時尤もその所を得ているのである。


 では「傍観者」という立場はフェスティバル的なのかといえば、むしろ常にカーニバルからはじき出されてしまうような存在のありようではないかと思う。カーニバルの渦中にありながら、あるいはカーニバルを希求しながら常にすでに「祭りのあと」を生きざるをえない者のことだと思えるのだ。現代において、われわれは否応なくありとあらゆる「祭りのあと」を生きていかざるを得ない。かつて自分が渦中によく参加した「祭りのあと」と、常にすでに傍観していた「祭りのあと」と、色々重なる部分とそうでない部分とあるにせよ、「アフター・カーニバル」を生きる困難さに変わりはない。だが後者の方により現在的な「祭りのあと」の問題を感じざるをえない。そうした問題意識が村上春樹の抱えてきた「デタッチメント」という視座と重なりうるものであることは、すでにこのブログ上でもたびたび確認してきたところである。
 「浅野いにお『ソラニン』〜ムスタングが奏でる<祭りのあと>」という記事で、浅野いにおは「祭りのあと」を描く作家だと書いた。現代に生きるわれわれは「祭りのあと」とどのように付き合うのか。「祭り」をいかに終らせ、それと訣別して生きていくのかという命題を胚胎した作家だと。作中で芽依子は恋人の種田が死ぬまでは「傍観者」的であったとも言える。だがそれでも彼女は、みずからに内面化されていた「祭り」=「種田と生きていく人生」を、種田の歌を引き継いで歌うことで剔抉してみせたとき、そこにおのずから幕が引かれたように思う。

 いずれにせよ、われわれが「祭りのあと」という散文的な時間を生きるということは、祭りを渇望すること、殊に「失われた祭りを求めること」と、そうではなく「祭りのあと」に耐えることという二律背反を抱えて生きることであり、われわれはなお後者の方へ歩み出さねばならないだろう。そうして「祭りのあと」はさらにそのあとをも生み続け、時間の無限後退感を引き起こす。時間は前に進むものなのに「未来が近づいてくる」のではなく、逆向きに座った列車のように「過去が遠ざかってゆく」と感じられるのだ。(R)
※参考記事「祭りのあとを生きてゆくために〜青春小説としての『戦争の法』「村上春樹覚え書〜『ねじまき鳥クロニクル』解読のために」

2010年10月16日

失われた祭りをもとめて〜終焉を廻るまなざし(壱)

★「舞台」へのまなざし

 「宴のあとに人生は始まる」というのがこのブログに掲げられているひとつの命題である。マクベスの一節に「人生は歩きまわる影、哀れな役者、出番の間は舞台の上をのし歩き、わめき散らすが、その後はもう、音ひとつせぬ」というのがある。こうした吐露に身を浸してみようというのが今回の趣旨である。

 たとえば能では、何事かを終えて去ってゆくシテ(主役)の退場時間というのがある。今の今まで音楽とともに謡いあげたり舞ったりと動性にみちていた舞台に、音のないまったくの空白時間が訪れる。とくに夢幻能と呼ばれる能では、シテが亡霊という夢幻の存在でありこの世の者ではない。この世の者ではない何ものかが舞台の上では現にわれわれの眼前で現象しているのであり、それをわれわれは見届けるのだ。
 ありし日の姿や思いをありのままに弔われて、亡霊はこの世から再び姿を消す。しかし当然シテの役者じたいは舞台に居残る。そして舞台が終了するのはシテが退場し終わってからである。ということは今まで亡霊であったシテが、舞台からあの世とこの世を繋ぐ(じっさいには本舞台と控えである鏡の間を繋ぐ)橋掛りを通って見えなくなるまで遠ざかるのを見届ける時間があるということだ。
 そもそも舞台劇というのはひとつの「場」に現出するドラマを目撃するものだ。そして終幕するときには、そこに現れた事象も人物たちもすべて一夜の夢のごとく消えていく。最後に残るのはいつも「舞台=場」そのものである。われわれ観劇者はいつもその終わりの瞬間を見届けて引き受ける存在である。
 それはあたかも公園を定点観測するようなものかもしれない。早朝には犬を連れた老人がそぞろ歩き、昼には子供連れの母親たちが泰平で退屈な会話に興じ、午後には小学生の群れが児戯にいそしみ、夕暮れにはカップルが互いの視線を確認しあう。そして誰もいなくなった真夜中、公園は今日という様々なドラマをみずから沈思黙考する。
 夕暮れの公園や下校後の校庭、そしてはねた後の舞台には、そうした「ドラマ」や「祝祭的なるもの」の地となる「時間」=「祭りのあと」を喚起させるものがある。

★ラストショットのまなざし

 映画のラストショットについて考えてみる。まず一般的によく使われるものに、舞台全体を俯瞰して終わるという方法がある。最近だと『チェンジリング』がそうだった。
 それに対して地上の舞台から空などの遠望ショットへとチルトアップする手法などもある。そのとき舞台は消失するか、舞台としての枠を超えてより大きな全体性へと融解してしまう。これによって映画作品内の事象は抽象化されて昇華してゆくだろう。実質を持たない抽象画面としての「空」のショットによって、描かれた「現実」はとたんに重力をなくす。ということは「舞台」が無重力化するということでもある。この場合、観た者において「祭りのあと」が余韻として持続するということはあり得る。しかし、それが作品内において前景化することはない。
 「祭りのあと」がそれじたいとしてまなざされるためには、出来事が起きてかつ過ぎ去る現場そのものを観測していなければならない。登場人物が去ってゆく。それをカメラが追い続けるのでなく、去った「場」が映しだされるということである。いうまでもないが舞台劇と異なり、映画でのわれわれの視線はカメラそのものと一致するからである。「ドラマ」が終わってもなお、そのあとの「時間―空間」を見つめること。そこが「何かのあと」であることを見つめること。それこそが「祭りのあと」を問うラストショットなのだと思うのである。
 少し近いなと感じたのが『星に願いを』という竹内結子主演の邦画だ。この映画じたいは純愛ブームの流れに乗っかったような他愛のないものだが、ラストで例によってヒロインの恋人が天に召されたあと、その星空をひたすら見上げつづけるヒロインの背中(バックショット)がまなざされている・・・ように見える。ここでは喪失それじたいよりも、喪失後の時間をかみしめるヒロインの背中に(明確な言及性はないものの)スポットライトが当てられているのである。それは『さようならドラえもん』の最後で、ドラえもんが22世紀の未来に帰ったあと、自室でひとり膝を抱えてうずくまるのび太の光景を思い出させる。

 より自覚的なのは『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大作戦』である。ここではヒロインである姫が経験した悲劇の、その後のため息が描かれている。いったい誰が悲劇のヒロインの、物語終了後のため息を描きえただろうか。そういう意味でこの作品には衝撃を受けた。かつてアメコミの物語前夜を描いたと言える『アンブレイカブル』にも驚愕したことがあるが、こちらのほうが心動かされるものがあった。もちろん誰もが感動するだろう、例の円環構造もすばらしいと思う。この作品における「祭りのあと」の描かれ方は円環構造の中で螺旋的に深められている。映画時間においては、姫のため息はすべてのドラマの始まる前、冒頭のプロローグ(野原しんのすけの夢と重なっていく)に置かれている。もちろんこのため息はラストで姫と野原一行が永遠の別れを交わしたそのあとのものである。「これからもここに来てお前達を想う」という姫は、じっさいにその池のほとりに来ては、草を摘んだりしてひとり物思いに耽る。愛しい人はもうこの世におらず、かけがえのない仲間であった野原家ももういない。ひとり取りのこされた時間をそこで過ごし、ため息をつくのである。その場所こそはるか後代に野原家の建つ場所でもあるわけで、すなわち姫のため息が野原しんのすけの夢へと繋がる所以でもあるが、問題はそのシーンから物語が始められたということである。物語のその後から物語が語られ出すというのは異様である。当然これは時間軸ではなく映画構造としての円環ということになる。姫のため息の夢は時代としては過去だが、物語の時間軸としては未来の出来事であり、まさに「バックトゥザフューチャー」的なパラドックスを持っているのである。
 ちなみにエンディングでは、死んだ侍の旗印とよく似た雲が浮かんだ青空のショットと、それを現代に帰ってきて見上げる野原家の顔の俯瞰ショットと、同じく野原家と別れたあと過去で上空を見上げている姫の顔の俯瞰ショットが順に並べられている。ここで姫が野原家が見ているのと同じ雲を見ているという保証はない。いわゆるモンタージュによってそう納得させられるだけだ。だがそれは冒頭ですでに明かされている。物語はラストカットで姫が空を見上げている、その同じ立姿から始まるからだ。そしてそこには例の雲がやはり青空に浮かんでいるわけである。
 しかしそのような符合性じたいが重要なのではなく、この作品が感動的なのはそうした手続きによって円環的に構築された物語時間が結局のところ、失われた「祭りのあと」を際やかにまなざしえているという事実によってなのである。(R)

2010年10月15日

「さびしい来歴」(萩原朔太郎『青猫』)

 先日の中原中也の「いのちの声」も、例の「鉄橋のように生きている」あたり、何か現在的な呟きに感じられて記事にしたのだが、萩原朔太郎の詩は中也よりも今読んでも様々な意味で現在を感じる。

むくむくと肥えふとつて
白くくびれてゐるふしぎな球形の幻像よ
それは耳もない 顔もない つるつるとして空にのぼる野蔦のやうだ
夏雲よ なんたるとりとめのない寂しさだらう
どこにこれといふ信仰もなく たよりに思ふ恋人もありはしない

わたしは駱駝のやうによろめきながら
椰子の実の日にやけた核を噛みくだいた。
ああ こんな乞食みたいな生活から
もうなにもかもなくしてしまつた
たうとう風の死んでる野道へきて
もろこしの葉うらにからびてしまつた。
なんといふさびしい自分の来歴だらう。

 さびしさの瞳には夏雲が「信仰」も「恋愛」もない寂寞として立ちのぼってくる。風さえも死んだ荒れ野の道で何もかもをなくして干涸らびている。それが自らのたどり着いた場所だとすれば・・・
 未来は過去のさなかから生まれてくるとしても、これはあんまり「さびしい来歴」なのだ。(R) 
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2010年10月12日

『昼も夜も』久谷雉

 2003年に刊行された処女詩集。この高校時代の作品集で中也賞を受賞した。詩集としては次の『ふたつの祝婚歌のあいだに書いた二十四の詩』がいいので、ここでは両方からまた抜書きしてみたい。
 

 夕やみに
 くるまれた
 空気が 
 家路につく足の
 じゃまをする
 川べりの
 道に

 ぽわら
 ぽわら
 と
 きいろい口を
 ひらいてる
 窓の
 おくから

 肉を
 焦がす
 匂い
 がした

 じぶんの
 性器が
 昼も夜も
 たぶん
 一生
 あたたかいまま
 である
 こと

 に
 気がついた
 こども
 のように
 僕は
 さめざめと
 泣きだして
 しまいそうに
 なった
(「昼も夜も」)

 彼女たちのまわりに静かにのびてゆく
 夜のながい腕の群れは
 やさしい匂いの粒子をいっせいに
 世界へ解き放つ。
 ……
 夜とはこんなにも香ばしい時間だったのか。
 そのなかにつつみこまれた
 人々のかなしみとは
 無関係に
 (「閉店時間」)

 (ぶつかるように
  出会ったものには)
 (たとえばそれがひとすじの
  風であっても)
 (すぐにわかれの言葉を
  いうくせが)
 (未だに
  なおらないんだよね)
 (「ハロー・グッドバイ」)

 まだまだ蒼々しい叙情が紡がれている感がある。だが第二詩集でその口調と響きはいっきに成熟の刻印を受けだす。自らの叙情を熟視するかのように距離を取り始めている。
 

 ぼくの網膜のほろにがさを
 いつか
 ひきうけたこともあった風が
 ゆずの木の下に寝かされた梯子を
 かたかたと揺すっている

 ゆずの実の全身にめぐらされた
 あおくさい神経の糸を
 顔ぜんたいで受けとめてしまった慄きに
 胃袋を彩られていたころさえ
 すでに 懐かしい
 (「沈黙ではなく」)

 少なくともここでは「あおくさい神経の糸を/顔ぜんたいで受けとめてしまった慄き」があり、またそれが遠目に懐かしがられている。そして世界を眺める詩人の立ち位置は融通無碍に揺れている。それが繊細な心地よさを与えるのである。
 

 ひとつの花をはなれて
 もうひとつの花へ
 みつばちが一匹 飛びうつろうとするとき
 冬日をすかした障子のように
 まぶしいものが
 あなたたちのまわりを
 かけぬけてゆく
 ……
 あなたたちは ふたり
 目をいっぱいにあけて
 風にゆれる花々をみつめている
 ひなたのにおいのする
 すきとおったオカリナに
 今ならば すぐになれそうな
 からだをかかえて 
 (「――u夫妻に」)

 日常性のなかにまぶしく揺れるものを、素手で感じとろうとする詩人に導かれる安らぎ。これらはその柔らかなしぐさに充ちている。だからこれは光の所在を紡ぐ言祝ぎである。
最後にもうひとつの祝婚歌を引こう。
 

 あめあがりの川岸に
 しずかに息をするたましいに
 もうひとつのたましいが重ねられても
 簡単に 足し算は成り立たない
 ……
 そんな事実をつつみこむ焚火の奥から
 小石とも苺ともつかぬものを
 拾いあげながら
 ぼくらの一生は費やされてゆく
 ふたりであることに糧をもとめて
 熊笹の野を踏むあなたたちにあえて
 おおきな拍手をおくろう
 ぼくらの希望は
 ぼくらの限界のなかにしかない
 (「――s夫妻に」)


希望は断念に伏在し、祝福は有限の「ぼくら」に内在するのだ。(R)
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2010年10月11日

『適切な世界の適切ならざる私』(文月悠光)

 若年ながら思潮社の詩誌に投稿し続け、16歳で現代詩手帖賞を受賞した文月悠光の処女詩集である。高校の美術部部長だったようだ。色や彩りに対する(殊に赤・紅)愛憎がうかがえたりもする。
 執拗に確認され続けるのは「適切ならざる私」であって、その「私」と「適切な世界」との距離である。瑞々しい精神の溌剌と誠実な自己凝視と丹念で慎重な表白がある詩集だと思う。いくつかはっとさせられた箇所を部分部分で抜書きしてみる。

 
(彩る意味を見いだせないこのからだ。
 「お前に色なんて似合わない」
 そう告げている教室のドアを"わかってる"と引き裂いて、焼けつくような紅
 を求めた。古いパレットを、確かめるように開いてみるけれど、何度見てもそ
 こには私しかいない。それは、雨の中でひっそりと服を脱ぐ少年の藍)
 ……
 あるとき、筆にさらわれて
 ぽっと街へ落とされたなら、
 風で膨らむスカートのように
 私は咲いてみせよう。
 (「落下水」)

 自分は風にのって流れていく木の葉か、
 でなければ、あんたが今
 くつの裏でかわいがった吸い殻ではないのか。
 存在なんてものにこだわっていたら、
 落ちていくよ。
 (「天井観測」)

 「恨まない、憎まない、デクノボー呼ばわりしない。ただ、私がここにいると
 いうことをけして忘れさせない。……私は"すべて"を覚えている。義務教育九年間、
 誰かが口にしてきたすずろごとの"すべて"を、今ここで吐き出そうか。それ
 とも、ひりりとした夜の意識下に連れこんで、焼けた氷を舐めさせようか」
 (「私は"すべて"を覚えている」)

 床の木目の合間から
 すっくと切り立つ。
 日が傾くにつれ、
 熱をさらっていく冷気に
 懸命だった私の頬。
 赤く染まることに
 思いをかけなければ
 生きてはおれない、
 そう夕日に迫られていた。
 ……
 されば、私は学校帰りに
 月までとばなくてはならない。
 爽やぐことを忘れた
 制服のすそを引っ張る。
 月気を帯びる今日だから
 夕焼けの色に、染まらぬように。
 (「"幼い"という病)

 たとえ、また心無い日常の底に引きずり込まれたとしても、その
 さだめをかかとで愛撫し、さらに上へ。……
 日常とロンドのはざまで、ことばとなって喘いでいたい。
 (「ロンド)


 ぶつ切りにしたので文脈が分からないと思うが、ここに投げだされた言葉たちの手触りは感じられると思う。日常の底に沈みかけるからだを持て余すかのように、何かに駆られ、何かを希求し、言葉を吸ってまた吐き出す。少女の内奥で揺らぐ言葉と衝迫の軌跡である。(R)
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2010年10月10日

今後のアフター・カーニバル深夜便の放送について

 先日の生放送の告知にも書きましたが、週一回ジャンルを決めて生放送を行なうという形式で放送を行なうのは昨日の放送で最後にすることにしました。以後、生放送なり、音声ファイルの配信なりは、不定期に行なうことにします。
 それに伴い、僕(SIZ)が管理していたアフター・カーニバルのtwitterのアカウントも停止することにしました。最初にアフター・カーニバルのtwitterを作ったときには、個人のアカウントを取得していないメンバーもいたので、アフター・カーニバル名義のアカウントを作る必要性があったと思ったのですが、もはやメンバー全員が自分のアカウントを取得しているので、もし生放送などの告知をする場合には、ブログの他に、そちらで行なうことになると思います。
 僕は、ブログにしろtwitterにしろ、そうした近年のネットサービスは個人単位のメディアだと思っていて、そこでは、ある種の個性が重視されることになると思っています。そうした点で、僕個人としては、今後は、アフター・カーニバルというグループの特異性よりも、各メンバーの個性が際立つようになったほうが、各自にとって実りが多くなるだろう、というふうに考えています。
 アフター・カーニバルの活動を始めてから8年くらい経っているわけですが、アフター・カーニバルというグループの枠づけの意義が僕には見失われたところがあります。そこにいくら意味を詰めたとしても、ある種の活動実体がなければ、名前を支えることはもはやできないと、そんなふうに考えています。(SIZ)

浅野いにお『ソラニン』〜ムスタングが奏でる「祭りのあと」

 浅野いにおはかなり早い段階から取り上げてきたと思うが、2003年頃『素晴らしい世界』を読んだときから、同じ空気を吸って同じものを見て同じものを手にして同じようなところに拘ってきた作家だなと共感するところが多かった。そうした浅野いにお自身の趣味や価値観を最も出してきたなと思ったのは『ソラニン』だった。だから映画『ソラニン』でも種田の部屋にはVOXアンプにエレハモのエフェクターがあるしギターはフェンダーだ。そしてVESPAタイプのスクーターに乗り、スニーカーで舞台に立つのだ。同じ嗜好圏内の青春がそこにはあった。

 冒頭の音楽からすでにドラムの疾走感があり、そのリリシズムは『リンダリンダリンダ』のジェームズ・イハ(元スマパン)の仕事を思い出した。また種田のバンド曲は初期のゴーイング・アンダーグラウンドのような焦燥感があって好きだ。しかもリハやライブのシーンは臨場性に富み、驚くほどいい出来だと思う。長年読んできた『BECK』はまだ観ていないが、この手の作品が近年続いてるその数々を観てきたなかで、おそらく今のところ最も優れてライブバンド的な達成がある。本当のバンド好きはこのライブシーンを見て、『けいおん!!』なんかよりもバンドをやりたい気持ちに駆られるのではないかという喚起力・求心力があった。種田は、『BECK』などに見られるギター・ヒーローとかロック・アイコンのような存在からはほど遠い等身大のバンド野郎である。その音楽はスターダムにのし上がるためのツールでもなければ、何かを表現するための手段ですらなく、ただ自分が自分であることを生きのびるためにどうしても鳴らされなければならない音としてある。そこには肉体性のリアリティが不可欠だが、原作の種田よりは、こと音楽シーンにおいてそれが感じられた。
 それにしてもムスタングは色んな作品にひっぱりだこだ。『BECK』のコユキが手に入れる幻のムスタングは連載当時よりも更に時価が跳ね上がっている。『けいおん!!』でも中野梓が使っていて、確か「むったん」とか名づけてた気がする。

 映画『ソラニン』では、意外にも原作が秘めているものが形象化されていて、原作を読んだとき以来あらためて伝わってくるものがあった。浅野いにおのマンガは淡々とした表現の中に絶望が深く刻まれるので必ずしも人物造形のそれぞれがはっきりしているわけではないが、初のメジャー連載だった『ソラニン』は比較的その辺が整理されていた。そのこともあってか、映画化において浅野いにおという作家のなかで断念されているものが、それぞれの人物において上手く象られて浮かび上がってきているように思える。ただ花火のシーンなど、やや演出やテンポ感が易き定型に流れたりするところがあって第一級には届いていない。しかしそれも近年の邦画ではましな方ではあると思う。

 浅野いにおは「祭りのあと」を描く作家である。「祭りのあと」とどのように付き合うのかということ。もっと言えば「祭り」をいかに終らせ、それと訣別して生きていくのかという問題に照準している。モラトリアム終焉後になお残るモラトリアムという圧制から、いかにして飛翔するかの煮え切らない模索をありのままに綴っていくのである。
 『ソラニン』では、それは解決されないまま種田が死に、遺された者に手渡される。そして種田が死んだあとでも、時間は過ぎていくのだということをどのように受け入れていくかという問題へと繋がってゆく。芽衣子は種田の歌を歌い継ぐ。そこには遺された者が死者を鎮魂することによって死者と訣別し、「祭りのあと」を生きてゆくことへの静かな歩み寄りがあるのだ。(R)
posted by R at 00:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月09日

アフター・カーニバル深夜便〜第25回生放送の告知:村上春樹『東京奇譚集』から「ハナレイ・ベイ」を読む〜

日時:10月9日(土)25:00〜(10日(日)1:00〜)

会場
http://www.ustream.tv/channel/siz-ashizu

村上春樹「ハナレイ・ベイ」(『東京奇譚集』所収)を読む

そのままです。
ノーベル文学賞とかのことはよく分かりませんが、わが道を行くのみです。
『東京奇譚集』は、最終的には『1Q84』とも関わらせてみたい気がします。(イワン)



これまで週に一回、ジャンルを決めて、生放送をしてきましたが、その形式で放送を行なうのは、諸事情により、この日を最後にしたいと思います。(SIZ)
posted by SIZ at 02:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 生放送の告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『怪談人恋坂』

 夏前にメンバーのAI氏なんかと参加した文壇系のあるパーティーがあった。かつてお世話になっていた推理作家協会の重鎮の祝賀会だったが、そこには当然のようにその周辺の作家や批評家が一堂に会していた。いかにも目がくらまんばかりの顔ぶれであったが、列席するビッグネームの一人に赤川次郎氏がいた。前にTVなんかでよく見かけたが、それよりだいぶ恰幅が良かった。宮部みゆきと並んでいるとゆるキャラな絵本になりそうな気がしてくるから不思議だ。
 そんなわけで思い出したのが本作。赤川次郎は純粋なミステリだけでなく因習ものや怪奇を扱ったものも多く、身内の本棚にあったので少年の頃そうした作品を好んで読んだりした。本作も怪異譚としての物語が前面にあらわれてきている。
 さて今回は詳細な粗筋をすべて載せることにするのでネタバレ注意となる。この作家の場合、ぐいぐい引っ張られるように展開する物語性こそ小説の格(核)に関わることなのである。
 主人公に降りかかる悲劇の物語は、ある殺人の謎から始まる。

 郁子がその日学校から帰ると姉の裕美子が死んでいた。物心ついた時から姉は寝たきりだった。母からは病死だといわれるが、葬式の晩郁子は真実を伝える為に蘇った裕美子に姉と思っていた彼女こそ、自分の本当の母であること、裕美子は病死したのではないことを知らされる。

 ある日裕美子がほのかに想いを寄せていた家庭教師の梶原を、勉強を終えて家から送り出す際に、大学生の兄・圭介から「一旦家に帰る」と連絡が入った。母も出かけて居ない。その後裕美子が一人部屋で眠っていると何者かに乱暴される。そして裕美子は郁子を身ごもる。両親の無理解などから辛い立場に一人追いやられた裕美子は中絶できず、望まれずに生まれてきた郁子を自分だけでも見守って行こうと思う。誰にも愛されない自分の替わりに。しかし両親たちは、裕美子を騙して部屋に閉じ込め、その隙に郁子を、裕美子が拒否していた里子へ出そうとする。それでも部屋から抜け出し、辛うじて自宅前の坂で郁子を取り戻した裕美子は、雨に誤って坂道(人恋坂)を転げ落ち、全身麻痺になってしまう。裕美子はこの世に残した深い絶望や哀しみ恨みを郁子に伝え、復讐を誓わせる。
 それから7年、裕美子は自分自身も怨念となって次々と自分を苦しめた者達の前に現われ、かの真相を問い詰める。次第に、裕美子は全身麻痺で眠っている間に密かに喉を切られ、じわじわと死んでいったのだということが明らかになっていく。裕美子や郁子の周りの幾人もの人々が、それぞれの裏の秘密を垣間見せつつ物語は進む。郁子は母の死の真相と彼女を襲った犯人、つまり本当の父親を探ろうとする。
 そしてついに裕美子の叔母の告白によって全てが明らかになる。裕美子の亡霊に追いつめられた叔母は、今まで隠し通してきた事実の全部を語った。
 
 裕美子を襲ったのは圭介であった。圭介は、裕美子が父親が他の女に産ませた異母兄妹である事を知った翌日、裕美子に手を掛ける。圭介は既に金がらみで、父親の秘書を殺しているが、その事のショックで雨の中、人恋坂に飛び出していった妻を追いかけ追いつめ、妻をも事故ではあるが死なせてしまっていた。
 その後、裕美子は憎しみから解放され、本当の母親のもとへ成仏していく。裕美子の本当の母親もまた、父親の本妻(今の母親)によって追いつめられ、人恋坂で事故死していたのであった。
 さらに後日、郁子は裕美子の喉を密かにかっ切ったのが裕美子の家庭教師の梶原であった事を、梶原の妻によって聞かされる。梶原は裕美子を見舞いに行った際、裕美子の家から金を盗んだが裕美子に見つかってしまう。一旦帰りかけて引き返し、梶原は裕美子を殺す。だが逃げようとする所をちょうど帰ってきた家政婦に見られてしまい、逆に家政婦に強請られるようになる。梶原は何度か金を払った後、妻と一緒に家政婦を殺す。そして最後に郁子が見守る中、気の触れたその妻に人恋坂で梶原が殺され、物語は幕を閉じるのである。

 ・・・・・・うん、どってことないですね。あれれ? この粗筋がいかんのか?
 まぁそう言ってしまうと身も蓋もないが、裕美子がかわいそすぎるのでとりあえず鑑賞してみる。
 
 さて、読後この事件の忌まわしさ、不可解さは最後の最後まで拭い切れずに胸に残る。郁子は裕美子から真相を聞かされたとき、裕美子と同様に、襲った犯人と殺害した犯人は知らない。真相は周囲の人々の抱えている秘密や思惑と絡んで彼らに隠されているからだ。それが少しずつ明らかになる度に、この物語の忌まわしさや人のエゴの醜悪さが滲み出す。人間の脆弱さ、さらには生と死の哀感が浮かび上がる。そして全編に一貫するペーソス。
 後味の悪さは残る。しかし、裕美子は自分の母もまた同じ悲惨さにあっていながら誰をも恨むことなく、復讐しようともしていなかった事を知り、「憎しみ」よりも「愛すること」を選び取る。そしてラストで彼女が母の胸に抱かれに行くという一連のシーンがあることでわずかな光明が残され、読者はやっとこの物語を覆う、不吉さ辛さから幾らかは解放される。それまではひたすら、「なぜ自分だけがこんな悲惨な目にあわなければならないのか」という裕美子の思いと、そして「自分をこんなにも惨めに死なせた犯人を捜し出して、この手で復讐してやりたい」という怒りに圧倒される。あたかも殺人事件を調べるかのように徘徊する裕美子の亡霊の復讐心が、不気味に事件の真相をかぎまわるのを見守るしかない。その構造は、いわゆる「トリックありき」の本格推理とは種を異にしているが、はじめに「復讐心ありき」という性質を持っているこの物語には、そのことが逆に「真実」の推理、「事実」への肉薄に信憑性と迫真性を与えている。

 種々の愛憎を盛り込み、家族の崩壊を描くことで家族の意味を問い、母から子へ受け継がれる悲劇と宿命、父から息子へと繰り返される過失を描くことで、人の人生の不条理や人間存在の矮小さを映し出している。・・・ほんとか?

後味の悪さは残るが、しかし同時に妙にゆったりした、豊かな物語の味わいが広がる。胸の奥がだいぶ運動させられた後のような心地よい疲労感がある。心を濾過機にかけられた手応えの名残のようなものがある。昔話や民話の怪談物にはそうしたカタルシスを引き起こす作用があるように、どんなにおどろおどろしくまた悲惨であっても、それが人の、あるいは自分の「人生の悲痛」を公約数的に反映していればいるほど、胸の奥で替わりに渦巻いて各自の「苦しみ」を消化してくれる。ペーソスを(時にはユーモアをも)湛えた怪異譚ものが根強く残るのは、その所以によるところが大きいのだろう。(R)
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2010年10月08日

イギリスファンタジー童話「銀色の時」(ローレンス・ハウスマン作)再読

 以前「銀色の時―イギリスファンタジー童話傑作選(神宮輝夫)」という記事ですでに紹介している童話だが、改めて読み返したら改めて心揺さぶられるものがあったんである。
 
 最近『マイマイ新子と千年の魔法』という高樹のぶ子原作のアニメを見た。昭和30年頃の少女たちの物語と千年前の清少納言とおぼしき姫との物語が、かつての周防の地で千年の時を越えて不思議な交錯を見せるドラマだ。といっても直接の関係は描かれないし、主人公のマイマイによる想像の世界ともパラレルな平行世界とも取れるようになっており、淡泊さより劇的なものを期待する向きには一見、脚本の不備による煮え切らない物語に感じられることだろう。同じ監督の『アリーテ姫』からしてそういう「誤読」が多かったように思う。ジブリの『ゲド戦記』はたしかにそうした竜頭蛇尾の感を否定できない部分はあった。だが『アリーテ姫』やジブリスタッフの二木真樹子が書いたファンタジー『世界の真ん中の木』(『シュナの旅』と同じアニメージュ文庫シリーズ)、あるいは最近の『借り暮らしのアリエッティ』(『床下の小人たち』)などは、しずかな本当のファンタジー世界を丹念に築いているにすぎないのであって、何かわかりやすい「味」を求めたい人は、適当に「ハリポタ」か「トイ・ストーリー」でも見ていればいいのである。エリナー・ファージョンが読めるようになってから出直してこいと言いたい。

 「銀色の時」は孤独な老人ケイレブの物語である。彼はこの50年寝る前に家のドアに鍵をかけて眠りにつく。当然といえば当然だが、ある晩ふと「この家に盗られて困るものもないのになぜ毎晩鍵をかけていたのか?」と思い、鍵をかけずに寝た。それからというもの朝目が覚めると拾いに行ってない薪が足されている。誰が運んできているのか不思議に思い夜中暖炉の前に行くと、年老いた男が座っている。男はケイレブの分身だという。この50年毎晩開けようとしたがドアに鍵がかかっていて入れなかった、しかしようやくケイレブが鍵を開けたので入ってきたのだという。男は老人に「なぜ鍵をかけるのか」理由を尋ねる。ケイレブは「むかし大事にしていたものがドアから外に出て行った。そして二度と戻ってこなかった。それ以来いつもわしは鍵をかけた。」と答えた。もうこれ以上大事なものは何もなかったが、「もし前に鍵をかけていたら、たぶんあの大事なものをなくさずにすんだろう」と思うと鍵をかけずにいられなかったのだという。ケイレブの大事なものとは3歳の一人娘だった。分身の男は言う。「あの日、あんたは自分をなくした。心をなくし、希望をなくした。月の中に、ここの戸口までの道が見えた。わしは自分にこういった。『あそこがわしのいたところだ。あそこにもどろう』とな」
 それからもケイレブは鍵を開けて夜を過ごした。やがて毎晩、彼にとって50年来なかったあるすばらしい光景が訪れることになる。消えた娘があの日のまま銀色のウサギとなってやってくるのだ。それが「銀色の時」である。

 
これが夢か現かということは、もう彼にはどうでもよかった。ドアを開け放ったことで、ケイレブは自分の心をも開いたのだった。開かれた心におこることは、それが続くかぎり真実なのだから、夜毎このように美しい夢を、しかも、見ているかぎり真実以外のなにものでもない夢を見ること以上に、何を望むことがあろう?


 ここでは現と夢とは「主と奴」ではない。同等かその逆でもあり得る「真実」として生きられている。「開かれた心」が「真実」をあらわにし、むしろ「開かれた心」においてこそ「真実」と出合いそれをつかむことが出来るのである。それはとてもむずかしくまたじっさいのところ年月のかかることなのだ。(R)
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2010年10月07日

『けいおん!!』〜アニメ的身体の無時間性が学園ドラマの時間性に対置されるとき

 なんだかよく分からないタイトルですが駄菓子屋のシーンを観ていて、このスタッフは「モヤさま」を見ているに違いないと思ったRです。

 さて学園祭での完全燃焼が、もっと言えばその直後の部室での涙のシーンがやはり「けいおん!!」の山場だったと思う。
 ただライブそのものは前年より少しの進歩が見られたものの、結局バラードが披露されることもなく、物量にやや乏しい感はあった。むしろクラス劇のロミオとジュリエットに使われていた音楽に魅かれるものがあったくらいだ(元ネタを色々感じはしたが)。

 しかし、実は一番泣きキャラではなさそうな唯が感極まって泣きじゃくる、あの夕陽に差し込まれた時間こそは、それまで積み重ねてきた日常の歴史を礎石にして最も輝ける瞬間が描き出されていたように思う。
 この青春のサイクルがこのあともその次もずっと続くこと、来年も新歓ライブや学祭に出ることが当然のように語られ、かつ次の瞬間にはそれが叶わぬものであることを涙している。こうしたシークエンスに新鮮なもの、光るものを感じたとともに、バンドを含めて同様の経験を何度もしているこちらとしてはぐっとくるものがあった。このメンバーでこの環境でやることはもうできない、という「この」に対するこよない愛惜の念。「いまここ」に執着しきることはじつは簡単なことではない。ドライに「いまここ」を離れて感傷にひたるほうが簡易で安全だからだ。
 顧問であり担任の山中先生の側から見ると、思い入れのある際だった連中が一つ一つのことを終えて、確実に終局へ向かい、やがて巣立っていく。しかしまた、次々に残されていく下級生をもう一度同じように見守りながら、彼らの時々の想いを見届けていくのだ。
 個人的に一番好きな卒業式の前日のエピソードにはそうした終焉を廻る眼差しが凝縮されている。

 最終話。唯が証書入れの蓋が出す音を「この音好き」とつぶやいて隣席のクラスメイトが微笑む。何でもない日常的な一場面が式後の最後のHRという別れの現場でやりとりされた後で、山中先生が「じゃあ・・・解散」と静かに宣言するとき、このアニメの行間には多くのものが含まれていた。そこには「時間の流れ」というものが存在していた。(どうでもいいが色紙がやたらリアルだ。あれだと普通は二枚にわたるはずだけど)

 学園生活のほぼ最後の瞬間まで描かれたと思うが、たとえば部室に通いそこで共有される最後の時間を描いたものの部室を出て行くシーンは省略されたのが惜しい。別に演出的に問題があるわけでもないが、それこそ誰もいなくなった無人の部室に、カセットデッキから放課後の5人のおしゃべりが流れてるというような、あり得ない光景を想像してしまった。そこで聞えるのは、いつものように「おこちゃまツンデレ」VS「幼児姉」の戯れだ。

 番外編のはじけっぷりはいいのだが、本編ラストの感慨が薄れてしまうのはいたしかたない。
 ところでエンディングアニメで描かれる世界は大学生になった5人の、その後の未来の姿のように見える。(R)
posted by R at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月06日

僕は雨上りの曇つた空の下の鉄橋のやうに生きてゐる〜中原中也「いのちの声」を聴く

僕はもうバッハにもモツアルトにも倦果てた。
あの幸福な、お調子者のヂャズにもすつかり倦果てた。
僕は雨上りの曇つた空の下の鉄橋のやうに生きてゐる。
僕に押寄せてゐるものは、何時でもそれは寂漠だ。

僕はその寂漠の中にすつかり沈静してゐるわけでもない。
僕は何かを求めてゐる、絶えず何かを求めてゐる。
恐ろしく不動の形の中にだが、また恐ろしく憔れてゐる。
そのためにははや、食慾も性慾もあつてなきが如くでさへある。

しかし、それが何かは分らない、つひぞ分つたためしはない。
それが二つあるとは思へない、ただ一つであるとは思ふ。
しかしそれが何かは分らない、つひぞ分つたためしはない。
それに行き著く一か八かの方途さへ、すつかり分つたためしはない。

時に自分をからかふやうに、僕は自分に訊いてみるのだ。
それは女か? うまいものか? それは栄誉か?
すると心は叫ぶのだ、あれでもない、これでもない、あれでもないこれでもない!
それでは空の歌、朝、高空に、鳴響く空の歌とでもいふのであらうか?


ゆふがた、空の下で、身一点に感じられれば、万事において文句はないのだ。

                   中原中也「いのちの声」より抜粋

 すべてに倦み、といって欲望の焦点の定まらぬままに焦れている。混乱していることは分かっているがその中身は見えない。永遠に名指せない悲しみに埋もれてただ叫んでいる。だからこそ希望は夕暮れにあるのだ。いや夕暮れにしかないのだ。

 あの夕陽に彩られてりゃいいじゃないか(by R 『物陰にて云う』)

 しかし、ことは万事において「身一点」となれるかという問題だ。それは、あれでもなくこれでもなく焦れているものが、なお夕暮れの寂寞につつまれながら、深く色濃く何か純粋にひとつのものとして縁取られてあることへの痛切なる希いの声なのだ。寂寞のなかにあって我々は、「風が立ち、浪が騒ぎ、無限のまへに腕を振る」しかないのだから。(R)
posted by R at 01:06| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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