2009年11月30日

アフター・カーニバル深夜便(第二十九回)〜松本清張の『点と線』を読む〜

 太宰治に引き続き、生誕百年の便乗企画。
 今回は太宰治と同じ年に生まれた松本清張を取り上げます。
 トピックとしては、社会派推理小説について、「点と線」という題名について、太宰治との比較、戦後の女性という問題、刑事のキャラクターについて、などなど。
 ちなみにネタバレは大いにしています。(SIZ)

2009年11月29日

好きなアニメのOP・EDテーマ曲

好きなアニメのOP・EDテーマ曲。

(R)
1『吸血姫美夕』ED 鈴木佐江子「美夕八千代」
http://www.youtube.com/watch?v=HKLbm15_7yU
2『YAWARA!』ED LAZY LOU’S BOOGIE「いつもそこに君がいた」
http://www.youtube.com/watch?v=FK9NSQpsp7Q
3アニメ横山光輝『三国志』ED 遊佐未森「空」
http://www.youtube.com/watch?v=JySckTWH7ds&feature=related
3人形劇のEDも好きだが、この地味なテレ東のアニメのEDだけが印象に残っていた。
2永井真理子の「YOU AND I」とこれが使われていたときが『YAWARA』の黄金時代だ。
1軽んじてたこの頃のアニソンとしてはそれなりに複雑な作り。一瞬プログレかよ思った。だけどポップ。歌詞も秀逸。アレンジは『イグアナの娘』の寺嶋民哉。


(SIZ)
1『スプーンおばさん』OP 飯島真理「夢色のスプーン」
http://www.youtube.com/watch?v=n5YbdFBQJkw
2『ヤダモン』OP LINDBERG「Magical Dreamer」
http://www.youtube.com/watch?v=_q1ni6CSjx4&feature=related
3『はりもぐハーリー』ED CRIPTON 「ダリア」
http://www.youtube.com/watch?v=t8INWFw1i3w&feature=related
好きなのがありすぎるので、縛りプレイで。NHKで放送されたアニメ限定。
3「ダリアはずっと知っていた。奇跡を胸に隠して」
2「Magical Dreamer どうか守って壊れてしまいそうな夢達を」
1「でも誰か知りませんか。倖せと不倖せかきまぜる 夢色の小さなスプーン」


(A.I.)
1『CITY HUNTER 2』ED TM Network「STILL LOVE HER ~失われた風景~」
http://www.youtube.com/watch?v=l_kkbZ8wWNU&feature=related
2『らんま1/2 熱闘編』ED ぴよぴよ「虹と太陽の丘」
http://www.youtube.com/watch?v=xnTfT9tPkWQ
3『サイバーフォーミュラ』ED G・Grip「Winners」
http://www.youtube.com/watch?v=xZxsk-uan7k&feature=related
アニメはほとんど観ていないのでよく知らない。
3小学生のときに覚えさせられたから。歌詞が印象にある。アニメは観たことない。
2高校の頃、放課後速攻で帰るとやっていた。『らんま』の中では一番好き。東京少年の『プレゼント』も良いが。
1ほとんど言うことはない。TMの中でも1、2を争う名曲だと思う。しかもアニメにあってた。

2009年11月28日

ハチワンダイバー(柴田ヨクサル)

(この記事は2007年8月4日に書かれました)

 マンガ。

 タイトルだけ見ると、潜水夫の話かと思うが、将棋マンガである。同時にメイドマンガでもあるかもしれない。

 いわゆる真剣師(賭け将棋を生業にする人)の物語である。

 実在した真剣師で最も有名なのは小池重明であろう。それから「東海の鬼」と呼ばれた真剣師でやたらと強かったため特例でプロ棋士になった花村元司という人もいた。しかし賭け将棋は現在では違法であり、おそらくそれを容認する町道場もないだろうから、このマンガのように真剣師があちらこちらにいるということは実際にはあり得ないと思う。

 また、このマンガの中核を担う、通称「アキバの受け師」のメイド真剣師は、10代の女の子でありながら、奨励会くずれに圧勝するほどの実力の持ち主という設定だけど、それだけの棋力があったらまず間違いなく初の女性プロ棋士になれると思う。

 しかし最近の将棋マンガではたぶん一番面白いんじゃないかと思う。オススメである。(A.I.)
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2009年11月27日

ドクター・ハンナ(戸梶圭太)

(この記事は2007年7月29日に書かれました)

 美貌の外科医である石月畔奈は、性的サディストでオペで患者の内臓を切ったり繋いだりすることに快感を覚える。セックスも大体そんな感じで、内視鏡を男の口に突っ込みながらハメたりする。畔奈は外科医なので内科医と仲が悪く、患者の取り合いをして藤井という内科医の恨みを買い、医療機器に細工され事故を起こしてしまう。畔奈は復讐のためトラックで藤井を追い回したり、金に釣られて藤井に荷担したかわいそうな看護婦を拷問して(電気ドリルで額に穴を開けたりする)殺したりする。

 戸梶圭太という作家は噂には聞いていたが、確かにすごい。

 まず登場人物はクズ人間以外出てこない。

 基本的に人命は紙っぺらのように安い。外科手術も要するに快感だからやるのであって、それによって患者が生きるか死ぬかはどうでも良いようだ。

 畔奈によって拷問されて殺される看護婦も特に悪いやつというわけでもなく、また殺す畔奈もそのことによって批判的に描かれるというわけでもない。

 最後に畔奈は罪を逃れ、敵である藤井を(直接の描写はないものの)拷問して殺して、あ〜面白かった、で終わる。

 伊坂幸太郎がどうにもかんに障るので、ストレートにクズな小説を読もうと思って手にとった。戸梶はかんには障らない。ただただ呆れた。(A.I.)
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2009年11月26日

グラスホッパー(伊坂幸太郎)

(この記事は2007年7月29日に書かれました)

 人の背中を押して車に轢かせる殺し屋の「押し屋」、自殺させることを専門とする殺し屋の「鯨」、老人だろうが子どもだろうが容赦せず一家皆殺しを得意とする「蝉」、妻を殺した犯人に復讐するためそんな危ない業界に足を踏み入れた元教師の「鈴木」。

 それぞれの視点が交錯し、次第に大きな物語を形成してゆくという手法は『ラッシュライフ』以降全く変わっていない。

 話はうまいし、構成も巧みだし、会話はしゃれているしで、いちいち感心するのだけど、出てくる人間が総じてかんに障るのはこちらの問題なのだろうか。

 保身しか考えない政治家や身勝手な若者など、うんざりするくらいステレオタイプな人間ばかりなのもさることながら、それら登場人物が皆ぼくの目からは「健全」に見えてしまう。よけいなお世話かもしれないけど、小説がそんなことで良いのだろうか。

 かつては乱歩、夢野久作といった大衆小説作家こそ、不健全な魂を描いていたように思うのだけど。(A.I.)
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2009年11月24日

アフター・カーニバル深夜便(第二十八回)〜東浩紀の未来論とロスト・ジェネレーションの未来・後半〜

 後半はアフター・カーニバルにとっても馴染み深いロスト・ジェネレーションの議論に関して。とりわけ、東浩紀と同じく「朝生」に初登場だった赤木智弘について話しています。
 終わりのほうでは、今後のアフター・カーニバルの活動の方向性についても議論しています。(SIZ)

2009年11月23日

アフター・カーニバル深夜便(第二十八回)〜東浩紀の未来論とロスト・ジェネレーションの未来・前半〜

 2009年10月24日未明に放送された『朝まで生テレビ!』について話し合う企画。
 前半は東浩紀の発言に関して。東浩紀について問題にするのはこれが三回目になります。
 トピックとしては、主に、SNS直接民主制とベーシックインカムについて話しています。(SIZ)


(参考)
「ネットがあれば政治家いらない」 東浩紀「SNS直接民主制」提案
http://www.j-cast.com/2009/10/24052476.html

(関連する深夜便の回)
第十七回:東浩紀のゼロアカ道場と村上裕一のゴースト論について
http://after-carnival.seesaa.net/article/127350869.html
http://after-carnival.seesaa.net/article/127430036.html
http://after-carnival.seesaa.net/article/127505356.html

第二十一回:佐々木敦の『ニッポンの思想』について
http://after-carnival.seesaa.net/article/129501493.html
http://after-carnival.seesaa.net/article/129583730.html

2009年11月22日

好きな文庫

 よくわからんアンケートです。好きな文庫は何?
 最近迷走してんなあ。

(R)
1 講談社文芸文庫
2 春陽堂放哉文庫
3 中公文庫の日本の詩歌シリーズ
3、コレクター心をくすぐるマイナーな詩人が多い。2、放哉文庫はこれだけだから。1、コレクター心をくすぐるカラーバリエーション。


(SIZ)
1 岩波文庫(赤)
2 岩波文庫(青)
3 岩波文庫(緑)
3、目に良いから。2、青はすがすがしい。1、情熱が感じられる。


(A.I.)
1 ハヤカワ文庫(SF)
2 ハルキ文庫
3 講談社文芸文庫
3、高いけど紙質がよく、さわり心地が良い。2、色合いが好き。1、次々と絶版になるところが良い。


(イワン)
1 ちくま文庫
2 ハヤカワ文庫
3 新潮文庫
3、オーソドックスな感じがする。2、楽しそう。1、新しい発見がありそう。

2009年11月21日

300(ザック・スナイダー)

(この記事は2007年6月24日に書かれました)

(ストーリー)
スパルタ軍300人がペルシャ軍3万だかに挑む。


 事実としてスパルタがそういう国だったというのはあるにせよ、ここまで、健常じゃなきゃだめ、屈強じゃなきゃ生きる価値はないという物語を反復させられると、おいおいいいのかそれで、と言いたくなる。

 一方のペルシャ軍が完全にフリークスの巣窟みたいに描かれていて、しかもそれが「悪」に直結してるような描かれ方をすると(しかもその対立構造がそのまま西対東になっている)、監督のねらいがどこにあるにせよ、あまりに品がないという気がする。

 もっとも個人的にはパンツ一丁でウホウホうるさいスパルタよりは淫靡で妖しく病的なペルシャのほうがずっと魅力的に感じられてしまうが。(A.I.)
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2009年11月19日

パイレーツ・オブ・カリビアン ワールド・エンド(ゴア・ヴァービンスキー)

(この記事は2007年6月11日に書かれました)

(ストーリー)
覚えてません。


 個人的にはこれはこれで構わない。

 けど、自信を持って人に勧めるという感じでもない。充分売れたし、売れることは分かってるから好き放題やりました、見たけりゃ見てください、という感じがある。

 要するに作り手の趣味がかなり強くなっていて、誰もが楽しめるという感じではなくなっているのである。

 だから細部へのこだわりは相変わらず素晴らしいけど、ストーリーのほうは分かったようなわかんないような。キャラクターも一作目から見るとだいぶ変わっていて、ジャック・スパロウはかなり病的な人物になっているし(知性が後退しているのは残念)、エリザベス・スワンはいつの間に鍛えたのかしらないけど剣の達人になっている(でも魅力的)。オーランド・ブルームはだいぶでくの坊になってきた。最高なのはジェフリー・ラッシュで、この人のバルボッサ船長は最高。今回は完璧に他の役者を食っていた(一作目も良かったけど、ジョニー・デップには負けてた)。とても『シャイン』のあの人と同一人物とは信じられない。

 そんなわけで、個人的には好きだけど、という感じ。(A.I.)
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2009年11月18日

ある愛の詩(アーサー・ヒラー)

(この記事は2007年6月10日に書かれました)

(ストーリー)
原題通り。ラブストーリーです。


 この映画の最後で主人公のライアン・オニールが父親に向かって「愛とは決して後悔しないこと」と言い放つシーン。あの場面を父との和解ととるか、あるいは決別ととるか、人によってその解釈が分かれるのは、結局「愛とは決して後悔しないこと」という字幕の翻訳のされ方にあるのだと思う。

 本作の原題は「Love Story」でそれを「ある愛の詩」と訳すなど、配給会社なのか翻訳家なのか知らないけど、実にセンスがあると思う。しかし名ゼリフとされている「愛とは決して後悔しないこと」は原語では「Love means never having to say you're sorry 」であり、これがアリ・マッグローがライアン・オニールの言う「I'm sorry」という謝罪に対する返答であることを考えれば、意味としては「愛する仲に『ごめん』はいらない」くらいになるはずである。アリ・マッグローは作中で2回ほどこのセリフを吐くが、どちらもやはり二人の和解を意味している。

 だから「愛とは決して後悔しないこと」は確かにかっこいいセリフだけど、しかしこれだと最後にライアン・オニールが父親に向かって「親との仲よりも愛に生きたことを後悔しない」みたいに決別を宣言した感じになってしまい、変である。しかし謝る父にこのセリフを投げかけているのだから、やはり「愛しているのなら謝らないで」くらいが適当なはずだ。

 そもそもこの映画は70年に公開されていて、ときはアメリカンニューシネマ全盛時代である。ベトナム戦争にフリーセックスにマリファナという状況で、同時期の映画といえば、『イージー・ライダー』や『真夜中のカーボーイ』。

 だから、学生としてなにやらちまちました親への反抗を示しているライアン・オニールも、弁護士としてニューヨークの高層マンションに住まうようになったとき(後半の彼は完全にヤッピーである)、結局は「若者」「反抗」という文脈から抜け出さなくてはならなかったのである。(A.I.)
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2009年11月17日

高校の頃に読んだ本を思い出す(その2)―マイクル・クライトン『北人伝説』

 「高校の頃に読んだ本を思い出す」シリーズ第二弾。
 『ジュラシック・パーク』を読んでマイクル・クライトンをいたく気に入った私は早速書店で、ハヤカワ文庫のクライトン作品を物色することにしたわけだが、そこでまず買ってみたのが、この『北人伝説』である。クライトンは大まかに分けると、科学系(『緊急の場合は』『アンドロメダ病原体』など)と歴史系(『大列車強盗』『失われた黄金都市』など)のふたつのジャンルで書いているのだが、『北人伝説』はいわゆる「ヴァイキング」(ずいぶん不正確な語だと思うけど、まあ分かりやすいのでこう書いとく)を題材に扱った歴史系のフィクションと言えると思う。当時の私は「ヴァイキング」に興味があったうえ、クライトンの小説にしては比較的短いので手にとってみたわけだが、とにかくやたら面白く、心底感動してしまった。今でも個人的にはこの作品がクライトンのベストだと思っている。後に作家の佐藤哲也が「クライトンの最高傑作は『北人伝説』だと思う」というような発言をしていて、クライトン作品の中でもあまり注目されておらず不満だった私は驚喜した。

 十世紀のバグダッドのカリフの使節としてイブン・ファドランという人物が、サカリバ国へ行くことになる。が、あれやこれやあった末、彼はいわゆるヴァイキングに拉致られるかっこうでスカンジナビアでわけのわからん怪物と戦うはめになる。ファドランはその顛末を全て手記に記しており、この作品は数ある訳本や異本などを整理し、構成し直したものである。という体裁のフィクションである。つまりは十世紀に書かれた実在の旅行記を翻訳し、註をつけたもので、「実在の人物・事件・団体とは一切関係あります」的な体裁をとった作品なのである。
 その後、似たような体裁をとった作品として、平野啓一郎『日蝕』、古川日出男『アラビアの夜の種族』などを読んだが、その細部の描き込み、リアリティの与え方などについて言えば、本作品はほとんど別格的である。ヴァイキングの不潔な洗顔方法や死者の埋葬法などファドランの記述は文化的な違いに対する驚きや軽蔑がはっきりと現れており、高校生であった当時の私は「マジにこういう本があるんだ。すげー、歴史すげー。おもしれー」とすっかりはまり込んだものである。こういう感動によって人は歴史学者を目指したり、文化人類学にはまり込んだりするんだろう。まあ私は結局国文学に行ってしまったが。
 しかし、むろん大人になった私は高校生のころのようなウブさはなく、まあ創作なんだけどね、みたいな感じで改めてこの間本作を読み直してみたのだが、やはりあまりにリアリティが有りすぎるので(特に前半)気になってネットで調べてみたところ、『イブン・ファドラーンのヴォルガ・ブルガール旅行記』(家島彦一・訳注 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)なるものがあることを発見。マジかよ……。
 いや、確かに改めて読み返してみると、参考文献に『ネクロノミコン』があったりして、明らかに変なんですけどね(周知のごとく『ネクロノミコン』は実在しない)。ちなみに作家の仁木稔が、このファドランの『旅行記』と『北人伝説』の読み比べをしていて、一読の価値はある。(http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-f641.html
 またこの小説はアントニオ・バンデラス主演『13ウォーリアーズ』として映画化されているが、こちらはかなり駄作だった。
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2009年11月16日

「ヴィヨンの妻」について

今回の放送にイワン氏は参加していませんが、掲示板のほうに「ヴィヨンの妻」についてコメントを書いています。そこで、せっかくなので、イワン氏のコメントをここに転載することにします。


(イワン氏のコメント)
僕が「ヴィヨンの妻」を十何年ぶりに読んで気になったのは、大谷と妻の関係の二重性と、「神」という観点でした。

 それに基づいて、三つの段階で整理してみました。

@それまで破綻していた大谷と妻の関係が、「椿屋」で「さっちゃん」と「客の詩人」として会うようになってから、回復するようになる。

 これは、大谷と妻が、ある種の設定、仮面を介して夫婦関係を再構築している状態です。倦怠期の夫婦の「○○プレイ」とでもいえるでしょうか。

 仮に区分するなら、「大谷:真=夫・偽=詩人、妻:真=妻・偽=さっちゃん」という図式が成り立ちます。真の関係性は、偽の回路の存在によって保たれているといっていいでしょう。

Aここで注目したのは、大谷が「神」の存在を恐れているということです。大谷は、自分の作品への世間の評価は気にならないが、どこかに神が存在していることをおそれている。

 これは、神によって自分が本物の詩人か、偽者の詩人かを審判されることを恐れているのだといえるのではないかと思います。大谷が酒に溺れるのは、おそらくはこの葛藤からきているものなのではないでしょうか。

 そして、妻も、椿屋の客に汚されたことを語りだす際に、神がいるのなら出てきてくれと訴えています。神がいるのなら、汚されてしまった自分は妻としては失格でしょう。しかし、この事態を逆に見れば、汚されなかったはずの可能性としての自分、妻としての自分も担保されるわけです。

 大谷も妻も、ここまでは「真/偽」という枠組みの中で動いているといえます。

 しかし、「神がいるのなら出てきてくれ」と訴えているということ自体、妻の前には神は現れなかった、審判は下らなかったということを意味します。ここから、妻と大谷の道筋はずれていくように見えます。
 
B最後の大谷と妻のやりとりの中で、大谷は、依然、自分は人非人ではなく、夫としての務めを果たそうとしたからこそ、盗みを働いたのだと言います。やはり「真/偽」に拘ったあり方だといえるでしょう。

 しかし、妻にしてみれば、自分が真なのか偽なのか判断されえないというからには、判然としない現実の中で、妻としてというか、さっちゃんとしてというか、ただの生き物としてというか、とにかく「ただ生きて」いくしかないということになります。

 つまり、この小説は、妻が大谷との「真/偽」の回路から降りる、抜け出すというかたちで帰結をみているのだと思います。
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アフター・カーニバル深夜便(第二十七回)〜「ヴィヨンの妻」と「桜桃」を読む・後半〜

 後半もまた「ヴィヨンの妻」を読むことから始めて、途中で「桜桃」の話題に移行しています。(SIZ)

2009年11月15日

好きな太宰治作品

好きな太宰作品ベスト3
『ヴィヨンの妻』を取り上げたので、せっかくですし好きな太宰作品を挙げてみました。しかし意外と太宰って好きな作品ねーなって個人的には思いましたよ。

(R)
1 津軽
2 右大臣実朝
3 女生徒
3、「すごくしょげちゃった」にきゅんとしちゃった。2、「暗いうちはまだ滅亡せぬ」というのがあって、それにうたれた。1、若山牧水の「水上紀行」と並ぶ傑作。


(SIZ)
1 斜陽
2 津軽
3 走れメロス
太宰はあまり読んでいない。その上でのセレクションだが、3は太宰っぽくないところがいい。2はちゃんと読んだ最初の太宰作品。だが、あまり面白く読めなかった。1は草むらで母親が小便するシーンが印象に残っている。


(A.I.)
1 人間失格
2 ダス・ゲマイネ
3 思い出
3、何となく。こんなんでいいんだと感心した。2、研究したから。1、まさしく俺のことだと思った。


(イワン)
1 人間失格
2 駈け込み訴え
3 道化の華
3、テクニカルなところがかっこいい。2、語りにひきこまれる。1、中1で読んだから。

2009年11月14日

アフター・カーニバル深夜便(第二十七回)〜「ヴィヨンの妻」と「桜桃」を読む・前半〜

 太宰治生誕百周年記念企画の第二弾。「ヴィヨンの妻」が映画化されていることに便乗して、太宰の短編を読みます。
 ちなみに、メンバーの誰も映画を見ない状態で、この小説について問題にしていますが、映画についての言及も多少あります。
 前半は「ヴィヨンの妻」についてです。
 またしても音声の飛んでいるところが若干あります。(SIZ)

2009年11月12日

ヒストリエ 4巻(岩明均)

(この記事は2007年7月26日に書かれました)

 140、141ページが最高である。

 エウメネスの天才的な策略により、ボアの村とティオスは和解にむかおうとするが、すべては村が仕組んだことだとテレマコスにばれてしまうくだりである。

 エウメネスはすべての責任を自分自身で負う覚悟を決め、テレマコスの怒りをスキタイ人である自分に向けることに成功する。140、141ページの見開きでは、テレマコスのエウメネスへの怒りが頂点に達しているが、その後ろでは、エウメネスのとった行為にたいする、村人たちの、驚き、喜び、安堵、心配、悲しみ、承認、さまざまな表情が描かれているのである。それらを同時に表現しているこの図は、まさにマンガでしか描けないものだ。映画だとフレームにこれだけの細かい人物の表情は収まりきらないし、小説でもこれを同時的に描写するのは無理である。まことに傑出した構図というほかあるまい。

 そして142ページではサテュラの涙だけを分けて描くことにより、サテュラと村人たちとの反応の差異を大きく強調している。ヘレネとの愛を貫いた「愚かな王子」パリスよりも、「狡猾な英雄」オデュッセウスに自分たちをなぞらえるエウメネスとサテュラのやりとりも、彼ららしい賢明さと優しさ、いたわりに充ち満ちている。

 エウメネスはスキタイ人の残虐性、狡猾さをテレマコスに説いたが、当然彼は冷酷なわけではない。賢明なだけだ。そしてただ賢いだけではない。優しいから賢明なのであり、賢明であるからこそ優しいのである。

 賢明であることは、かくまでに辛く悲しく、孤独である。しかし優しい。優しくあれる術が、エウメネスの力、智恵なのである。

 そして……

そう あこがれの登場人物は もちろん 英雄 オデュッセウス

 みんなを守った結果、そして同時に自分自身のために旅だったエウメネスの姿は、何よりも眩しい。(イワン)
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2009年11月11日

精霊の守り人(上橋菜穂子)

(この記事は2007年6月14日に書かれました)

 このあいだの『ユリイカ』の特集が上橋菜穂子で、どうもこの人は荻原規子と並んで和製ファンタジー小説の第一人者的位置づけになっているらしい。

 なにやらうちの高校の生徒なんかにも人気があるらしいし、ということで〈守り人シリーズ〉の第一作である本書を文庫化もされたことだし良い機会だと思って、読んでみた。

 作者の上橋菜穂子はアボリジニ研究などをしている文化人類学者らしい。

 そのせいか、出てくる国の民俗的様態はなかなか深みがありそうで面白い。ふたつの世界がパラレルに存在するという世界設定自体は目新しいとは思わないが、しかし魅力的ではある。とくに重なり合ったナユグという世界は確かにファンタジーを喚起する力を持っていると思う。

 しかしストーリーは非常にステレオタイプ。主要な登場人物の人物造形も同様にステレオタイプ。加えて、作家としてはやはり素人の域を脱しておらず、構成や視点のとりかたにかなり難があると思う。特に文章に魅力が感じられないのは致命的で、比べる相手が間違っているとは思うが、つい最近『グレート・ギャツビー』を読んだものだから、これが同じ小説かと思うほど本作の語りはつたない。

 ファンタジーは語りが重要だと思うわけで、だから続きを読もうという気にはならなかった。(A.I.)

余談。『ユリイカ』だけど、今月の臨時増刊号は「腐女子系マンガ」特集。ユリイカはどこに行くつもりなんだろうと若干心配。目指すは『文藝』か『クイックジャパン』か。と思っていたら執筆陣に「ながくぼようこ」が。肩書きは「やおい小説研究者」。いやはや。
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2009年11月09日

高校の頃に読んだ本を思い出す(その1)―マイクル・クライトン『ジュラシック・パーク』

 まあ、最近このブログもネタがほぼ尽き掛けているようなので、個人的企画として、高校の頃読んでいた本を思い出してみようかなと思った。
 考えてみると、十代の頃(さすがにずいぶん前のことのように思える)やたらと学校の先生なんかに「本をたくさん読みなさい」とか言われ、あるいは何かの本やら新聞のコラムやらで十代の読書体験の大きさとかが人生を左右するみたいなことを読まされて、で、まあ人並み以上には本を読んできたとは思うけど、だからと言って人生の座右の書にであったとか、この本にがつんとやられて人生が変わったとかそういう経験があるわけではない私としては、読書なんか別にしたってしなくたって……というクールな立場をとりあえずは採りたいと思っているのだが、ふと思い起こすと確かに高校の頃の読書体験がずいぶんと自分の中に深く根付いて私自身を根本的なところで規定していると、わずかながらに感じられるような気もしなくもないかもしれないような気がするかもしれない。


 そんなわけで、不定期連載シリーズ「高校の頃に読んだ本を思い出す」第一弾。今回はマイクル・クライトンの『ジュラシック・パーク』。
 おそらく私が高校生になってはじめて読んだ小説だと思う。まだスピルバーグによる映画化の話も知らなくて(同年の夏休み頃公開された)、既に読んでいたうちの親父がしきりに感心していたので、興味を持ったのである。ちなみに続編の『ロスト・ワールド』(ドイルではない)は高校最後に読んだ小説でもある。
 この小説のアイディアはむろんコナン・ドイルの『ロスト・ワールド』から着想したものだろうが、とにかく科学的に可能な手続きをきちんと踏むという点が何よりも面白かった。恐竜復活にも琥珀のなかに閉じ込められたン億万年前の蚊から血液を採りだし、そのDNAの欠損部分を蛙のもので埋め…というようなことを細かく描いているし、しかもその細部の描写が、逆に〈ジュラシック・パーク〉経営者側のある種のリアリズムの欠如を浮き彫りにしてゆくのである。つまり経営者ジョン・ハモンドはジュラ紀・白亜紀の自然に近く、同時に安全安心なテーマパークの創設を夢想するわけだが、そもそも「自然に近くかつ安全である」というのはほぼ語義矛盾なのであり、そのような矛盾こそがテーマパークとしての〈ジュラシック・パーク〉の崩壊を起こすという点を今度は数学のカオス理論を使って説明する。このあたりの蘊蓄はかなり面白くて何度も読み返した。〈パーク〉が一見何の滞りなく「自然に」動いているように見えるからこそ、それは既に崩壊していると言えるのだ。なぜなら〈パーク〉は本来何一つ「自然」ではないはずだからだ。というこの辺の数学者イアン・マルカムと経営者ジョン・ハモンドのやりとりはかなり読み応えがある。

 たぶん多くの人は『ジュラシック・パーク』というとまずあのスピルバーグの映画を思い起こして、原作をあまり重視しないように思えるが、個人的には映画よりもこちらの小説のほうがずっと面白いと思っている。(A.I.)
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2009年11月08日

高校の頃に読んだ小説で(好きな)印象に残っているもの(アンケート)

 既にネタが尽きたので、今回のメンバーへのアンケートは、ごくごく個人的な理由から高校のころに読んで印象に残ったor好きな文学作品ということで聞いてみた。


(R)
1 坂口安吾『桜の森の満開の下』
2 大江健三郎『性的人間』
3 古今亭志ん生『廓話』

 3、志ん生はテープで聞いてて、時代小説を読む代わりにこれを読んでいたという感じ。2、じいさんの本棚にあって、小学生の頃から目にしていたけど、高校のときにはじめて読んで衝撃だった。1、今まで見たことのない世界を見させられた。


(イワン)
1 大江健三郎『我らの時代』
2 有島武郎『生まれ出づる悩み』
3 谷崎潤一郎『痴人の愛』

 3、どんな話だっけ?夏に読んだ気がするなあ。朝飯に菓子食ってたのが印象に残っている。2、冬に読んだ記憶がある。「人はパンのみに生きるにあらず」だと思った。1、熱い。閉塞状況の中で加熱する若者たちの心と、そこに背中合わせにある無力感に胸を打たれた。


(A.I.)
1 司馬遼太郎『龍馬が行く』
2 村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』
3 ロバート・ハインライン『夏への扉』

 3、タイトルに惹かれて読んだ。高2の7月頃。2、高3の頃読んだ。独特の雰囲気に魅了された。1、同じく高3の頃。憧れた。


(SIZ)
1 ドストエフスキー『二重人格』
2 ゲーテ『ファウスト』
3 シャーロック・ホームズ シリーズ

 3、NHKで放送されていた海外ドラマが好きで、そっからはまった。2、手塚治虫の『ネオ・ファウスト』から入って読んだが、よく分からなかった。1、これで文学を知った。

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